「日本のリサイクル率72%」は本当か
数字の裏側にある不都合な事実
前作「ナフサ・ショック」からの続編として
先日完結した連載「ナフサ・ショック 石油依存産業の終わりの始まり」では、2026年2月のホルムズ海峡封鎖を起点に、日本の製造業が抱える「ナフサ95%依存」という構造的な急所と、そこから抜け出すための地図を、12回にわたって書かせていただきました。
最終話のEpilogueでも触れたとおり、ナフサショックが私たちに突きつけた問いは、原料の話だけでは終わりません。「石油由来の原料に頼り続けるのか」という問いの隣には、「使い終わった素材を、どこまで本気で循環させるのか」という、もう一つの大きな問いが立っています。
ケミカルリサイクルの現場、廃プラスチックのアジア越境問題、EUの新包装材規制(PPWR)、日本の容器包装リサイクル法の限界。「ナフサ・ショック」の各話で何度も顔を出した「リサイクル」というキーワードを、今度は正面から、現場の解像度で書いていきたいと思います。
この連載は、その続編として、そして「ナフサ・ショック」の対になる地図として、書き始めます。
「リサイクル率72%」という数字に、最初に立ち止まりたい
日本のプラスチックのリサイクル率は、約72%と言われています。プラスチック循環利用協会が毎年発表している数字で、これは欧州連合(EU)平均の約40%と比べても、米国の10%前後と比べても、際立って高い水準に見えます。
「日本のリサイクルは進んでいる」「分別の細かさは世界一」「家庭の協力意識が高い」。こうした言葉を、私もこれまで何度も聞いてきました。実際、ペットボトルの分別精度や、家電リサイクル法に基づく回収システムなど、世界に誇れる仕組みがあることは事実です。
でも、現場を歩いてきた人間として、正直に申し上げたいことがあります。72%という数字の中身は、欧州や米国が「リサイクル」と呼んでいるものとは、かなり違います。
日本のリサイクル率72%のうち、約6割は「サーマルリサイクル」と呼ばれる熱回収です。つまり、燃やして発電や熱利用に回したものです。欧州ではこれを「リサイクル」とは呼びません。
マテリアルリサイクル(再生材としての利用)は約25%、ケミカルリサイクル(化学的に分解して原料に戻す)は約4%。残りの大半が、サーマルリサイクル、つまり「燃やしてエネルギーを取り出した」分です。EU基準で計算し直すと、日本のリサイクル率は20%台に落ち込みます。
これは「日本がだめだ」という話をしたいのではありません。サーマルリサイクルにも、最終処分場の容量問題への貢献という意味で、相応の役割があります。ただ、「世界と同じ土俵で戦う」となったときに、計算方法の違いが、そのまま競争力の差につながってしまう。その現実から目をそらしては、もう先に進めない時代になった、ということです。
なぜ今、リサイクルを書くのか
ナフサショックが起きた2026年以降、世界の石油化学業界は、原料の多様化に一気に舵を切り始めました。エタン、バイオマス、CO2由来。そして、廃プラスチックです。
廃プラスチックを「ゴミ」ではなく「原料」として扱う動きが、ようやく本格化しています。ENEOS、レゾナック、住友化学、三菱ケミカル。日本の主要化学メーカーが、ケミカルリサイクルへの大型投資を相次いで発表しました。欧州ではTotalEnergies、Eastman、SABICが、米国ではDow、ExxonMobilが、すでに数千億円規模の設備投資に踏み切っています。
つまり、リサイクルは「環境のための取り組み」から「原料調達のための事業」へと、性格を変え始めているのです。これは、製造業の競争力そのものを左右する変化です。
一方で、東南アジアでは、いまだに廃プラスチックの不法投棄や河川流出が続いています。私自身、CLOMA(クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス)のワーキンググループでチームリーダーを務めながら、インドネシアやベトナムの現場を何度も訪ねました。バリ島の海岸に打ち上げられたペットボトルの量を見たとき、「日本は本当にリサイクル先進国なのか」という問いが、私の中に残り続けています。
この連載では、その問いを正面から扱います。日本・欧州・米国・東南アジアという4つの現場の実態を、現場目線で並べて、何が違うのか、何を学べるのか、そして何を輸出できるのかを、一つずつ整理していきます。
この連載で書くこと、Prologueから全10話+Epilogueまでの構成
これから、Prologue+全10話+Epilogueの計12回で、「リサイクルの真実」をめぐる地図を、一緒に描いていければと思います。先に全体の目次をお示しします。
Prologue 「日本のリサイクル率72%」は本当か 数字の裏側にある不都合な事実
リサイクル率という数字の計算方法から、この連載を始めます。「サーマルリサイクルはリサイクルか」という根本的な問いを共有し、日欧米の計算方法の違いを整理します。
第1話 リサイクルの「格付け」 メカニカル・ケミカル・サーマル、何が違うのか
3種類のリサイクルの技術的な違い、コスト、CO2削減効果の実際を、現場目線で解説します。「燃やして熱を取るのはリサイクルではない」という欧州の立場と、日本の現実のギャップを、正直に書きます。
第2話 欧州のリサイクル戦略 EU新包装材規制(PPWR)・サーキュラーエコノミーの実態
2030年までに全包装材をリサイクル可能にする、というEU規制の中身を読み解きます。日本企業への輸出実務への影響と、欧州が本気でリサイクルに投資している理由を、現場のヒアリングをもとに整理します。
第3話 米国のリサイクルの現実 「先進国」の意外な遅れと新しい動き
米国の単純リサイクル率は実は日本より低い、でもケミカルリサイクルへの民間投資額は日本の数十倍。インフラの遅れと技術投資の先進性が同居する、米国の独特な現実を解説します。
第4話 日本のリサイクルの現在地 強みと弱みを正直に棚卸しする
分別収集インフラの精度は世界最高水準。でも、集めた後の処理が課題です。静脈産業の構造、中間処理業者の実態、「中国禁輸後」の日本リサイクル業界の苦境を、現場の声とともに書きます。
第5話 東南アジアのリサイクル 廃棄物大国から資源循環大国へ変われるか
インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシアの廃プラスチック問題の現状と、CLOMA WGでの私自身の経験を交えながら、アジアでのリサイクルビジネスの可能性と障壁をお伝えします。
第6話 ケミカルリサイクル最前線 日本企業は戦えるか
国内の主要プロジェクト(ENEOSの油化、レゾナックの高炉還元材化、三菱ケミカルのアンモニア化等)の現状と課題を、欧州・米国の先行事例と比較しながら、日本が追いつくための条件を整理します。
第7話 リサイクル素材の「使い手」が育たない問題
せっかくリサイクル素材を作っても、買う企業、使う企業が育たなければ循環は起きません。リサイクル材の品質保証、コスト問題、使い手側の設計変更コスト。「供給側だけ整備」という構造的失敗を解きほぐします。
第8話 拡大生産者責任(EPR)が日本を変える メーカーが「回収責任」を持つ時代
欧州で定着したEPRが、日本にも広がりつつあります。容器包装リサイクル法の限界と、製品設計段階からリサイクルを組み込む「エコデザイン」の実践方法を、メーカー目線で書きます。
第9話 資源循環ビジネスのつくり方 現場から学んだ成功と失敗の条件
アジアでの資源循環ビジネス開発の実体験から、「誰が動くと循環が起きるのか」を整理します。単なる廃棄物処理業ではない、資源循環の「付加価値設計」の実践論をお伝えします。
第10話 「循環型産業」を日本の新しい強みにするための設計図
リサイクル技術、収集インフラ、国際連携、政策の4軸で、日本が循環型産業で世界に貢献できる領域を整理します。今から動ける5つの具体的アクションを、企業規模別にご提案します。
Epilogue 「ゴミ箱の底に、日本の未来がある」
30カ国の現場を歩いてきた中で、廃棄物の扱い方ほど、その国の「ものへの向き合い方」が出るものはないと感じてきました。日本の丁寧なものづくりの精神が、循環型産業という新しいフロンティアでどう活きるのか。読者の皆さまへのメッセージで、連載を締めくくります。
この連載で大切にしたい姿勢
最後に、「ナフサ・ショック」の連載でもお伝えした、私の姿勢をあらためて確認させてください。
私は学者ではありません。コンサルタントとして30カ国以上の製造現場、廃棄物処理の現場、リサイクル工場を歩いてきた一人の現場人間です。だから、机上の理論や、海外文献のきれいな引用ではなく、「現場で見たもの、聞いたもの、触ったもの」を中心に書きます。
そして、「日本はだめだ」とも「日本はすごい」とも、安易には書きません。良いところは良いと、課題は課題として、できるだけフラットに棚卸しします。読者の皆さまの中には、現場で日々ご苦労されている方、経営判断を迫られている方、これから資源循環ビジネスに参入しようとされている方がいらっしゃると思います。その方々が、明日の仕事に使える材料をお届けする。それを、この連載の目的にしたいと思います。
もう一つ、これも前作と同じスタンスですが、上から目線の解説や、断定調の予言は、できるだけ避けます。「私はこう見ています」「現場ではこう感じました」「皆さまならどう判断されますか」という、対話に近い書き方で進めていきます。
ゴミ箱の底にある問い
ナフサショックが「日本の急所」を可視化したように、リサイクルの現場には、日本の製造業が抱える「もう一つの急所」が横たわっています。それは、技術の問題でも、設備の問題でも、規制の問題でもありません。「使い終わったものを、どう扱うか」という、私たちの社会の価値観そのものに関わる問題です。
ゴミ箱の底をのぞきこむと、その国の産業の未来が見える。これは、私が30カ国の現場を歩いてきて得た、一番大きな実感です。
明日からの第1話「リサイクルの『格付け』」では、まず「メカニカル・ケミカル・サーマル」という3つのリサイクルの違いから、現場目線で解きほぐしていきます。10回の連載を通して、皆さまと一緒に、日本のリサイクルの「本当の姿」と、その先にある「循環型産業の設計図」を描いていければと思います。
ぜひ、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
【著者プロフィール】
畠山 達彦(はたけやま たつひこ)
株式会社DCTA 代表取締役。2014年11月設立。湘南・横浜を拠点に、リサイクル/CO2削減/PFAS対策コンサルティング、IoT・AI・デジタルツインを活用したスマートファクトリー開発支援、環境改善・カーボンニュートラル支援の3本柱で、東南アジア・中東・インド・欧州・米国にて活動中。
前職は大手ケミカルHDにて、樹脂開発、工場設計、プラント運営、生産管理に従事し、30カ国以上の製造現場を歩いた。CLOMA(クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス)廃プラスチック資源循環ワーキンググループでチームリーダーを務める。アフリカ資源循環に関する政府研究委託、NewsPicks EXPERT AWARDベストフラッシュオピニオン2年連続受賞(2024、2025)。
DCTA Inc. ウェブサイト:https://www.dctainc.com/
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