都市鉱山という名の主権 レアアース危機が問う日本の資源戦略【第1話】〜レアアースとは何か 「現代産業の隠し味」を10分で理解する

〜EVモーター・風力タービン・MRI・半導体になぜ不可欠なのか。17元素の役割と「軽希土類・重希土類」の違いを、現場目線で整理します〜

◆はじめに まずは「正体」を知るところから

Prologueでは、2026年1月の対日規制をきっかけに「あなたのモーターは、あと何個つくれますか」という問いをお話ししました。あの回は、いわば全体の地図を広げる話でした。第1話では少し肩の力を抜いて、そもそもレアアースとは何者なのか、というところから一緒に整理していきたいと思います。

正直に申し上げると、名前は毎日のように耳にするのに、その正体は意外と知られていません。私自身、長く樹脂や成形の現場におりましたので、最初のころは「強力な磁石の中に入っている、何だかよく分からない金属」くらいの理解でした。商社の方やメーカーの調達担当の方と話していても、「うちの製品のどこに、どのレアアースが、どれくらい入っているのか」を即答できる方は、実はそれほど多くありません。

これは能力の問題ではありません。レアアースが、それだけ『当たり前すぎて意識されない素材』になっている、ということだと思います。電気や水道のように、あって当然と思っていたものが、ある日とつぜん蛇口を締められる。2026年1月に起きたのは、まさにそういう出来事でした。だからこそ、まずは正体を知る。第1話は、そのための回です。

ですので第1話は、専門用語をできるだけ手前に置いて、現場で使える言葉で「レアアースの正体」を整理する回にしたいと思います。ここがしっかり腑に落ちると、第2話以降の「なぜ中国に集中するのか」「都市鉱山とは何か」という話が、ぐっと立体的に見えてくるはずです。お付き合いいただけたら嬉しいです。

「レア」だけど、そんなに希少ではない

最初に、いちばん大きな誤解を解いておきたいと思います。「レアアース」という名前から、地球上にほとんど存在しない貴重な金属、というイメージを持たれる方が多いのですが、これは半分正しくて、半分は違います。

レアアース(希土類)は、周期表のスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)に、ランタンからルテチウムまでの15元素(ランタノイド)を加えた、計17元素の総称です。「希土類」という言葉は、比較的まれな鉱物から得られた酸化物(土)から分離されたことに由来する、いわば歴史的な呼び名です。

ところが、地殻の中での存在量という意味では、レアアースは決して桁外れに少ないわけではありません。

・  レアアースは、実は金や銀よりも地殻中に多く存在するとされています。代表的な軽希土類であるセリウムなどは、ありふれた金属に近い量があると言われます。

・  では何が「レア」なのか。答えは「採算が合う濃度で、まとまって固まっている場所が少ない」という点にあります。薄く広く散らばっているので、集めて経済的に取り出すのが難しいのです。

・  さらに本当の難所は「分けにくさ」です。17元素は化学的な性質が驚くほど似ているため、同じ鉱石の中に混ざり合って存在し、ひとつずつの元素に分離・精製するのが極めて困難です。

なぜそんなに似ているのか。少し専門的になりますが、多くのレアアースは安定な3価のイオンになりやすく、しかもイオンの大きさ(イオン半径)が互いに近いため、化学的なふるまいがよく似てしまいます。結果として、鉱石の中で仲良く共存し、分離を拒みます。あまりに分けにくいので、かつては複数の元素が混ざったままの「ミッシュメタル」という形で使われることも一般的でした。

もう少しだけ踏み込むと、実際の分離には『溶媒抽出』という方法が使われます。性質がほんの少しだけ違う元素を、油と水のような混じり合わない二つの液のあいだにわずかずつ振り分けていく。その操作を何十回、何百回と段階的に繰り返して、ようやく一つの元素を高純度で取り出します。気の遠くなるような工程で、大規模な設備と大量の薬品、そして長年の運転ノウハウが要ります。この『分離工程の重さ』こそが、のちの章で出てくる中国一極集中の土台になっていきます。第1話の段階では、『レアアースは分けるのが本当に大変なのだ』という肌感覚だけ持ち帰っていただければ十分です。

ここを一言でまとめると、こうなります。レアアースは「量が少ないから貴重」なのではなく、「薄く広く散らばっていて、しかも互いによく似ているから集めて分けるのが難しい」から貴重なのです。この一点が、Prologueでお話しした「採掘よりも精製がボトルネック」という構造に、そのままつながっていきます。第1話の隠れた主役は、実は『分離の難しさ』だと考えています。

17元素を、ざっくり地図にする

17もあると、それだけで身構えてしまいますよね。私も最初はそうでした。ただ、すべてを暗記する必要はまったくありません。「どんな働きをするか」で大づかみにグループ分けすると、ぐっと扱いやすくなります。詳しい一覧は別添のPowerPoint資料に早見表としてまとめました。

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【第1話_図表.pdf
P1ページ「レアアース17元素 早見表」参照】

レアアースが特別な力を発揮するのは、原子の内側にある4f電子という、ふつうは表に出てこない電子たちのおかげです。この4f電子の働きによって、強い磁気を帯びたり、特定の色で光ったり、化学反応を助けたりという、ほかの金属にはない芸当が可能になります。「産業のビタミン」と呼ばれるゆえんです。働き別に並べると、おおよそ次の四つに分かれます。

ふつうの金属では、いちばん外側の電子が性質や反応を決めます。ところがレアアースでは、外側ではなく内側に隠れた4f電子が主役になります。外からの影響を受けにくい奥まった場所にいるため、元素ごとに固有のきれいな磁気や発光が保たれます。これが、ほかの金属では代えがたい理由のひとつです。少し乱暴にたとえると、表からは見えない『秘伝のタレ』のような電子だと思っていただくと、イメージしやすいかもしれません。

・  磁石をつくる元素:ネオジム(Nd)、プラセオジム(Pr)、ジスプロシウム(Dy)、テルビウム(Tb)、サマリウム(Sm)。モーターの心臓部をつくる主役たちです。

・  光をあやつる元素:ユウロピウム(Eu)、テルビウム(Tb)、イットリウム(Y)、セリウム(Ce)。ディスプレイや照明の赤・緑・青を生む蛍光体に効きます。

・  化学反応を助ける元素:ランタン(La)、セリウム(Ce)。石油精製や自動車の排ガス浄化など、触媒として縁の下で働きます。

・  電気をためる・特殊用途の元素:ランタン(La)やセリウム(Ce)はニッケル水素電池に、ガドリニウム(Gd)はMRIの造影剤に、スカンジウム(Sc)は高強度アルミ合金にと、それぞれ独自の活躍をします。

もう少し顔と名前を一致させておくと、こんな具合です。ネオジムとプラセオジムは磁石の主成分、ジスプロシウムとテルビウムはその磁石の耐熱を支える脇役、サマリウムは高温に強いサマリウムコバルト磁石に使われます。ランタンは電池や光学ガラスに、セリウムは研磨剤や排ガス触媒に。ユウロピウムは赤や青、テルビウムは緑の発色を担い、イットリウムは蛍光体や耐熱セラミックスに。ガドリニウムはMRIの造影剤、エルビウムは光通信、スカンジウムは航空機向けの高強度アルミ合金にと、それぞれ持ち場があります。すべてを暗記する必要はありませんが、『磁石まわりはNd・Pr・Dy・Tb』とだけ押さえておくと、ニュースの理解度がぐっと上がります。

早見表をご覧いただくと、同じ元素が磁石にも蛍光体にも顔を出していることが分かります。たとえばテルビウムは、磁石の耐熱を助けながら、緑色の蛍光体としても使われます。レアアースは「一人何役」をこなす働き者で、だからこそ、抜けたときの影響が広く波及してしまうのです。

軽希土類と重希土類 効きどころが違う

17元素は、原子量や分離の難しさによって、大きく二つ(細かくは三つ)のグループに分けられます。ここが第1話のいちばんの勘どころなので、少していねいにお話しします。

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【第1話_図表.pdf
P2ページ「軽希土類と重希土類のちがい」参照】

公的機関であるJOGMECの整理では、ランタンからプロメチウムまでを軽希土、サマリウムからジスプロシウムまでを中希土、ホルミウムからルテチウムまでを重希土と呼びます。ランタンからユウロピウムを軽希土、ガドリニウム以降を重希土とする分け方もあり、境界は文献によって多少異なります。ですので、ここでは「軽い側」「重い側」というざっくりした言い方で進めます。

両者は、調達のしやすさという点でまるで性格が違います。

・  軽い側(La・Ce・Ndなど):比較的豊富で、価格も落ち着いています。たとえば2025年の平均価格では、ランタンが1キロあたり約1ドル、セリウムが約1.7ドルと、かなり安価です。一方で、磁石の主役であるネオジムは約73ドルと、同じレアアースでも大きく差があります。
・  重い側(Dy・Tbなど):埋蔵量が少なく、産地が偏り、価格が動きやすいのが特徴です。ここが地政学リスクの集中点になります。

なぜ重い側がそれほど偏るのか。鍵は「イオン吸着鉱」という特殊な鉱床にあります。重希土類を多く含むこのタイプの鉱床は、中国南部やミャンマーなど、限られた地域でしか商業生産されていません。しかもこのイオン吸着鉱は、岩を砕いて高温処理する通常の鉱石と違い、溶液を流し込むだけでレアアースが溶け出してくるため、抽出コストが圧倒的に低い。つまり「安く採れる重希土類」が、特定地域に集中しているわけです。

この偏りが現実の痛みとして表れたのが、2010年のいわゆる『REEショック』です。尖閣諸島をめぐる問題をきっかけに、中国による事実上の輸出停止と価格の急騰が起こりました。あの一件で、世界は「資源を一国に頼る怖さ」を初めて肌で感じました。その後、米国やオーストラリアでの鉱石生産が増え、2011年に9割を超えていた中国のシェアは、2021年には約6割まで下がっています。供給源の多角化は確かに進みました。

ただ、もう一つ見落とされがちな事情があります。それは『精製には大きな環境負荷がともなう』という点です。レアアースの鉱石にはしばしば放射性物質(トリウムなど)が含まれ、分離・精製の工程では大量の酸やアンモニアを使い、排水や残渣(尾鉱)の処理が欠かせません。中国内モンゴルの包頭には、精製廃液を貯めた巨大な尾鉱ダムが広がっていることが、国際メディアでも報じられてきました。裏を返せば、世界が精製を一国に委ねてきた背景には、この『環境コストを引き受ける場所』という、あまり語られない側面もあったわけです。ここは第2話で正面から扱います。

ただし、ここで安心はできません。多角化が進んだのは主に軽い側です。米国や豪州の鉱山は、採れるレアアースの9割以上が軽希土類というところが大半で、肝心の重希土類は、依然として中国南部のイオン吸着鉱に大きく依存しています。Prologueでお話しした「重希土類は中国依存度ほぼ100%」という急所は、まさにこの構造から生まれています。現場の実感を一言で言えば、『困るのは、いつも重い側』なのです。

なぜ「現代産業の隠し味」なのか

レアアースは、入っている量こそごくわずかなのに、抜いてしまうと製品そのものが成立しなくなります。まさに料理の隠し味です。塩や出汁を抜いた料理を想像していただくと、近いかもしれません。代表的な使いどころを、少し厚めに見ていきます。

量のイメージも持っておきましょう。スマートフォン1台に含まれるレアアースは合計でもごくわずか、コンマ数グラムの世界です。それでも、振動モーターやスピーカー、カメラ、ディスプレイのあちこちに効いています。一方、電気自動車の駆動モーターになると、ネオジム磁石が1台あたり1〜2キロ単位で使われ、その中に相応の量のレアアースが含まれます。点で見ればわずかでも、数千万台という規模で積み上がれば、国全体では無視できない量になります。これが『少量だけど、社会全体では確実に効く』という、レアアースの二面性です。

【第1話_図表.pdf
P3ページ「現代産業の隠し味 用途マップ」参照】

【EV・ハイブリッドのモーター】 いちばん分かりやすい主役です。モーターの中心には強力な永久磁石があり、その代表が「ネオジム磁石」です。鉄にネオジムを加えたこの磁石は、1983年に佐川眞人氏が世界で初めて焼結による製法を発表したもので、いまや電気自動車から携帯電話、風力タービンまで、現代文明のあらゆる場所で動力と情報を支えています。

ネオジム磁石が画期的だったのは、それまで最強とされたサマリウムコバルト磁石より強く、しかも比較的安価につくれたことです。磁石の力は、ざっくり言えば『どれだけ強い磁力を出せるか』と『熱や逆向きの磁界に対してどれだけ踏ん張れるか(保磁力)』の二つで決まります。ネオジム磁石はこの両方を高い水準で実現し、モーターの小型化と高出力化を一気に進めました。電気自動車が現実的な選択肢になった陰には、この磁石の存在が確かにあります。

ただ、ネオジム磁石には弱点があります。熱に弱いのです。モーターは使っているうちに100℃以上の高温にさらされ、ハイブリッド車では200℃程度まで上がることもあります。高温になると磁石は磁力を失いやすくなる。そこで、耐熱性(専門的には保磁力)を底上げするために、重希土類であるジスプロシウムやテルビウムを少量加えます。かつてはジスプロシウムが8%程度使われていました。ほんのひとつまみですが、これがないと高温で性能が崩れてしまう。まさに隠し味です。

近年は、磁石の結晶の境目にだけ重希土類を効率よく届ける『粒界拡散』などの技術で、使用量を大きく減らす工夫も進んでいます。技術の進歩は本物です。それでも、完全にゼロにするのは簡単ではありません。

【風力タービン】 意外に思われるかもしれませんが、再生可能エネルギーの代表である風力発電も、レアアース頼みの一面があります。とくに歯車を介さず発電するダイレクトドライブ方式の大型風車には、ネオジム磁石を使った発電機が組み込まれ、1基あたりかなりの量の磁石が使われます。脱炭素を進めるほど磁石の需要が増え、レアアースの需要も増える。この『脱炭素とレアアースは表裏一体』という関係は、第10話の資源地図でも改めて触れたいテーマです。

実際、世界では洋上風力の大型化が進んでいます。一基あたりの発電量を増やすほど、歯車が少なく故障やメンテナンスの負担が小さいダイレクトドライブ方式が好まれ、そこではネオジム磁石が選ばれやすくなります。脱炭素の旗を振るほど、足元では磁石とレアアースの需要が積み上がっていく。この少し皮肉な関係を、私はいつも『きれいなエネルギーの、地味な台所事情』と呼んでいます。

【医療(MRI)】 ここは正確にお伝えしたいところです。MRIで使われるレアアースとして代表的なのは、ガドリニウム(Gd)です。これは体内のようすを鮮明に映すための『造影剤』として使われます。なお、MRI本体の強力な磁場は超電導磁石でつくられるのが主流で、レアアースの磁石が本体の主役というわけではありません。ここは混同されやすいので、あえて分けて書いておきます。

【半導体・電子】 半導体の製造現場では、酸化セリウムがウエハーやガラスを平らに磨く研磨剤(CMP)として欠かせません。このほかにも、ディスプレイの蛍光体、小型のコンデンサ、光通信を支える光ファイバ増幅器(エルビウム)、各種レーザー(ネオジムやイットリウム)など、電子機器の随所にレアアースが効いています。私たちが毎日触れているスマートフォンの中にも、何種類ものレアアースが静かに働いています。

少しだけ補足します。光通信を支える『エルビウム添加光ファイバ増幅器』は、長距離を伝わるうちに弱くなった光信号を、レアアースの力でそっと増幅し直す装置です。インターネットの大動脈である海底ケーブルも、この技術なしには成り立ちません。また、加工や医療に使われる固体レーザーの多くは、イットリウムの結晶にネオジムなどを少量加えたもの(Nd:YAGなど)です。光を『つくる・伝える・整える』という場面の多くに、レアアースが関わっています。

【触媒・暮らしの中】 ランタンやセリウムは、石油精製や自動車の排ガス浄化の触媒として、縁の下で大活躍します。セリウムは酸素を吸ったり吐いたりする性質を活かして、排ガスをきれいにする働きを担います。ほかにも、紫外線をカットする自動車ガラス、ニッケル水素電池など、気づかないところでレアアースは私たちの暮らしを支えています。

【ロボット・産業機械・データセンター】 工場の産業用ロボットやサーボモーター、データセンターのハードディスク、エアコンや家電の省エネモーターなど、社会を回している多くの装置にもネオジム磁石が使われています。近年はAIの普及でデータセンターの需要が急増しており、その足元でも静かにレアアースが効いています。さらに、精密誘導や各種センサーなど、防衛・航空宇宙の分野でも重要な素材です。今回の規制が『軍民両用(デュアルユース)』という形をとったのは、こうした幅広い用途の広がりが背景にあるからでもあります。一つの素材が、民生品から先端装置までを横断して支えている。これがレアアースの怖さであり、面白さでもあります。

現場から見た「少量だけど、抜けない」難しさ

ここが、私が現場でいちばん痛感してきたところです。

・  添加量はごくわずか。それでも、代わりが効かない。これが代替素材開発の本当の難しさです。「量が少ないなら、なくても何とかなるのでは」と思われがちですが、隠し味だからこそ抜けないのです。

・  代替の努力は確実に前進しています。たとえばトヨタは、希少なテルビウムやジスプロシウムを使わず、ネオジムの一部を安価で豊富なランタンやセリウムに置き換えることで、ネオジム使用量を最大で半分程度まで減らせる『省ネオジム耐熱磁石』を開発したと発表しています。

・  ただし、性能・コスト・量産という三拍子がそろうには、まだ時間がかかります。ラボで良い結果が出ても、量産ラインで安定して同じ品質を出し続けるのは、まったく別の難しさです。私自身、工場の生産管理で何度もこの壁にぶつかってきました。

そして、もうひとつ大事な視点があります。リサイクルです。第6話で詳しくお話ししますが、使用済みのモーターからレアアースを取り戻すときも、結局は『似た者同士をどう分けるか』という、第1話でお話しした分離の難しさが立ちはだかります。レアアースの厄介さは、入口(採掘)から出口(リサイクル)まで一貫して『分けにくさ』にある、と言ってもよいかもしれません。

付け加えると、出口側でも力強い動きが出ています。三菱マテリアルなどは、使用済みのハイブリッド車からレアアースを回収する取り組みを早くから進めてきました。『集める仕組み』と『分ける技術』。この二つがそろってはじめて、都市鉱山は『第2の鉱山』として機能します。第6話では、その到達点と、いまだ残る壁を、現場目線でご紹介する予定です。

だからこそ、Prologueでお話しした『在庫・設計・調達先の三つで動ける余地をつくる』という打ち手が、机上の空論ではなく、現場の実務として効いてきます。すぐに代替素材へ全面移行はできなくても、設計段階で使用量を減らす、調達先を一社に絞らない、適正な在庫を持つ。地味ですが、こうした積み重ねが効きます。

現場メモ:樹脂屋の私がレアアースから学んだこと

少しだけ、私自身の経験から感じていることを書かせてください。

私は前職の大手ケミカルHDで機能性樹脂の事業に長く携わり、素材開発から工場設計、生産管理まで、30カ国以上の現場を見てきました。樹脂とレアアースは一見遠い世界に思えますが、共通して痛感したことがあります。それは『自社の製品が、何に、どれだけ依存しているかは、意外と見えていない』ということです。

製品は無数の部品からできていて、その部品はさらに細かい素材からできています。表面の仕様書だけを見ていると、奥の奥に潜んでいる重希土類のような『急所の素材』には、なかなか気づけません。サプライチェーンを一段ずつ遡って、はじめて『ああ、この製品はあの元素がないと作れないのか』と分かる。これは2014年11月に独立して株式会社DCTAを始めてからも、各国のお客様の現場で繰り返し感じてきたことです。

特に難しいのは、依存が『二次・三次のサプライヤー』に潜んでいる場合です。直接の取引先に聞いても、『うちは部品を買って組み付けているだけで、その先の素材までは把握していない』という答えが返ってくることが珍しくありません。誰も悪気はないのですが、急所の素材ほど、見えないところに隠れています。これは樹脂でもレアアースでも、驚くほど共通していました。だからこそ、いざというときに慌てないために、平時のうちに自社の足元を一度棚卸ししておくことを、私はいつもおすすめしています。

第9話では、この『どの元素を、どこから』を可視化する自社診断の手順を、できるだけ具体的にご紹介する予定です。レアアースの話は、最後は必ず『自分ごと』に着地させたいと思っています。知識として怖がるのではなく、自社の図面に当てはめて、動ける形にする。それがこの連載の目的です。

もう一つ、現場で大事にしているのは『正しく怖がる』という感覚です。過度に煽れば、必要のない在庫を抱えたり、慌てて高値づかみをしたりと、かえって損をします。逆に楽観しすぎれば、いざというときに足をすくわれます。事実を正確に押さえ、自社の身の丈で、淡々と備える。少し地味ですが、これがいちばん効く構えだと、これまでの経験から感じています。

よくある3つの誤解を、ここで解いておきます

本題に入る前に、現場でよく耳にする誤解を三つだけ整理しておきます。第2話以降の話を正しく受け取っていただくための、いわば予防接種のようなものです。

・  誤解①『レアアースは地球にほとんど残っていない』。実際は、地殻中の量としては決して少なくありません。問題は量ではなく、採算が合う形で集めて分けるのが難しいことです。ここを取り違えると、対策の方向まで間違えてしまいます。
・  誤解②『中国が独占しているのは、中国にしか鉱山がないから』。
これも違います。鉱石(採掘)はオーストラリアや米国にもあります。中国が本当に握っているのは、採掘よりも後ろの『精製・分離』の工程です。ここは第2話の核心になります。
・  誤解③『代替素材やリサイクルが進めば、すぐに解決する』。
方向としては正しいのですが、性能・コスト・量産・分離という四つの壁があり、明日すぐにとはいきません。だからこそ、短期の在庫・調達戦略と、長期の技術開発を、両輪で進める必要があります。

この三つは、どれも『何となくのイメージ』から生まれます。逆に言えば、正しい構造さえ押さえておけば、過度な不安に振り回されず、自社にとって本当に必要な打ち手だけに集中できます。連載を通じて、この『正しく知って、落ち着いて動く』という姿勢を、ご一緒に育てていけたらと思っています。

おわりに(第1話として)

第1話では、レアアースの正体を「17元素」「軽い側と重い側」「現代産業の隠し味」という三つの切り口で整理しました。要点を、もう一度だけ並べておきます。

・  ポイント①:希少なのは『量』ではなく『分けやすさ』。薄く広く散らばり、互いに似ているから集めて分けるのが難しい。
・  ポイント②:困るのは、いつも『重い側』(Dy・Tb)。重希土類は中国南部のイオン吸着鉱に偏り、依存度が突出している。
・  ポイント③:少量でも抜けない。だから代替が難しく、設計・在庫・調達の地道な工夫が効いてくる。

第1話を通してお伝えしたかったのは、レアアースは『遠い資源問題』ではなく、私たちの手元の製品に直結した『設計と調達の問題』だということです。怖がるために知るのではなく、動くために知る。その第一歩として、自社の製品にどんなレアアースが、どこから入っているのかを、頭の片隅に置いていただけたらと思います。

次回の第2話では、いよいよ「なぜ中国一極なのか」に踏み込みます。鍵は、採掘そのものではなく『精製91%支配』という、ふだんは見えにくいボトルネックです。そして、その集中の裏側には、精製工程が抱える大きな環境負荷という、もうひとつの事情も隠れています。なぜ世界は、これほどまでに精製を一国に委ねてしまったのか。次回も現場目線で、できるだけ正直にひもといていきます。引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

◆引用文献・参考資料

・  信越レア・アース「レアアースについて」/Wikipedia「希土類元素」(17元素の定義・ミッシュメタル)
・  アイアール技術者教育研究所「3分でわかる 希土類金属(レアアース)の基礎知識」(産業のビタミン・3価イオンと分離の難しさ)
・  ITmedia「いまさら聞けない希土類元素 実はそんなに“レア”じゃない元素の基本を解説」(2026年1月)
・  JOGMEC「鉱物資源マテリアルフロー レアアース(REE)」(軽・中・重希土類の分類と用途)
・  JOGMEC金属資源情報「レアアース供給源多角化の進展状況」(2010年REEショック・中国シェア推移・イオン吸着鉱)
・  経済産業省 鉱業小委員会資料「希土類(レアアース)産業が直面した問題とその対応」(重希土類のイオン吸着鉱依存)
・  科学技術振興機構(JST)「ジスプロシウムフリーネオジム磁石の開発」(Dyの耐熱役割・添加量)
・  株式会社プロテリアル「EV駆動モーター用 重希土類フリーネオジム焼結磁石を開発」(2025年)
・  トヨタ自動車「省ネオジム耐熱磁石を開発」(La・Ceへの置き換え)
・  Wikipedia「ネオジム磁石」(佐川眞人氏によるNd-Fe-B磁石の発明)

◆著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/

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