製造現場の賢者たち〜製造業30カ国で見た、変革を起こした人の共通点〜(技術でも予算でもなく、「人」が製造業を変える。現場リーダー育成の実践論) 【第1話】変革を起こす人と、起こせない人

30カ国で見た「たった一つの違い」
技術スキルでも学歴でもない。「問い続ける習慣」という唯一の共通点。

はじめに 「条件は同じなのに、なぜ結果が違うのか」

製造業のコンサルタントをしていると、似たような質問を何度も受けます。

「うちの工場と、隣の工場、規模も設備も同じなのに、なぜ隣はどんどん良くなっていくのか」
「同じ研修を受けた二人の若手が、3年後に全く違うエンジニアになっていた。何が違ったのか」
「あの拠点は毎年同じ問題を繰り返している。技術者も悪くない、設備も最新のものを入れた。それでも変わらない。なぜか」

これらの問いに、わたしはずっと向き合ってきました。

30カ国以上の製造現場を訪れ、数百の工場を見て、数え切れないほどの技術者・工場長・経営者・現場オペレーターと話してきた。その中で気がついたことがあります。

変革を起こす人と、起こせない人。

その違いは、技術スキルでも、学歴でも、経験年数でも、会社の規模でも、国籍でも、文化でも、性別でも、年齢でもありませんでした。

たった一つ、違うところがありました。

「問い続けているかどうか」。

それだけです。

ただし、この「問い続ける」という言葉は、思っているよりずっと深い意味を持っています。今日は、そこを丁寧に解きほぐしていきたいと思います。

第一節 ドイツの工場で見た「二人の技術者」

10年以上前のことです。

わたしはドイツ南部のある自動車部品メーカーの工場に、数週間滞在する機会がありました。日本の取引先との技術協議が目的でしたが、工場見学と現場改善の議論も含まれていたため、現場にかなり近いところで仕事をしていました。

その工場に、同期入社で同じ部署に配属された二人の技術者がいました。

一人をマーカス、もう一人をフロリアンと呼びます(仮名です)。二人とも、ドイツの工科大学を出た優秀な機械エンジニアでした。学歴も、入社時の評価も、ほぼ同じだったと、当時の上司が教えてくれました。

わたしがその工場に滞在していた頃、二人は入社5年目でした。

マーカスは、いつも資料を持っていました。分厚いバインダーに、設備のスペックシートや改善提案のメモがぎっしり詰まっている。会議では詳細なデータを引用し、論理的な説明をする。上司からの評価は高く、社内の改善プロジェクトのリーダーにも選ばれていました。

フロリアンは、どちらかといえば地味な存在でした。資料の出し方もマーカスほど洗練されておらず、プレゼンも得意そうではない。でも、現場でよく見かけました。生産ラインのそばに立って、オペレーターと何か話している。メモを取っている。しゃがみこんで機械の下を覗いている。

わたしが工場に滞在していた数週間の印象は、「マーカスは優秀なエンジニア、フロリアンは地味だが現場が好きな人」というものでした。

5年後の再会

その工場に再び訪れたのは、5年後のことでした。別の案件で近くに来たので、顔を出したのです。

「マーカスはどうしていますか?」と聞くと、当時の上司はこう言いました。

「彼はミュンヘンの本社に異動になりましたよ。製品開発部門のシニアエンジニアです。優秀ですよ」

「フロリアンは?」

「ああ、フロリアン。彼はここの生産技術マネージャーになりました。2年前からね。工場が大きく変わったのは、正直、彼のおかげが大きい」

その言葉が意外でした。5年前の印象では、マーカスのほうがずっと「できる人」に見えていたからです。

「フロリアンが変えた?どういうことですか?」

上司はしばらく考えてから、こう言いました。

「彼は、問い方が違うんですよ。問題が起きたとき、マーカスはデータを見て『原因はこれだ』と言う。フロリアンは現場に行って『これ、いつから気になってた?』と聞く。その差が、5年で積み重なったんだと思います」

「答えを出す人」と「問いを立てる人」

マーカスとフロリアンの話は、わたしの頭の中に「一つの問い」を植え付けました。

「答えを出すのが得意な人」と、「問いを立てるのが得意な人」。

製造業の現場では、長らく「答えを出す人」が評価されてきました。問題が起きたら素早く原因を特定し、対策を打ち、再発を防ぐ。そのサイクルを速くできる人が「できる技術者」だと見なされてきた。

それは間違いではありません。製造業における問題解決能力は、今も変わらず重要なスキルです。

でも、わたしが30カ国の現場で気づいたのは、「変革を起こす人」は必ずしも「答えを出すのが速い人」ではない、ということでした。

むしろ、変革を起こした人たちに共通していたのは、「問いを立て続けること」でした。

問題の前だけでなく、問題がない時にも問う。答えが出た後にも、「本当にそれで合っているか」と問う。自分の判断に対して、「なぜそう思うのか」と問う。現場の人に、「何か気になっていることはないか」と問う。

この習慣が、長期的には圧倒的な差を生む。

第二節 「問い続ける習慣」が生まれる場所

では、「問い続ける習慣」はどこから来るのでしょうか。

生まれついての才能でしょうか。特定の教育を受けた人だけが持てるものでしょうか。

わたしの答えは「ノー」です。

30カ国の現場で出会った「問い続ける人」たちは、本当に多様でした。インドの田舎の工場から独学でエンジニアになった人。中東の石油化学プラントで20年間ひたすら設備を見てきた人。ベトナムの縫製工場の20代の女性リーダー。ドイツの精密機器メーカーの70代の熟練職人。

学歴も、経歴も、文化も、全く違います。でも彼らには共通点がありました。

それは、「自分の見ている世界が完全ではないと知っている」ということでした。

インドの設備エンジニア、ラジェシュの話

インド西部のグジャラート州に、ある化学プラントがあります。わたしがコンサルタントとして関わっていた案件で、数度にわたって訪問した工場です。
そこに、ラジェシュ(仮名です)という設備エンジニアがいました。

年齢は当時40代前半。地方の工科大学を出て、新卒でこの工場に入り、20年以上同じ工場で働いてきた人です。

ラジェシュは、プラント内の設備の状態を、誰よりも詳しく把握していました。どの配管が何年前に取り替えられたか、どのポンプが乾季に振動が増えるか、どのバルブが夜間に微妙に漏れがあるか。そういったことを、何も見ずに答えられる。

「ラジェシュ、それをどうやって覚えているの?」と聞いたことがあります。

「覚えていません」と彼は言いました。「毎日聞いているから、設備が教えてくれるんです」

「聞いている?」

「音ですよ。振動も。においも。毎朝、同じルートを歩きながら、昨日と違うところがないか聞いている。ほとんどの日は何もない。でも、たまに違うことがある。その違いが何かを聞き続けていると、そのうち答えが見えてきます」

これは、非常に洗練された「問い続ける習慣」の形でした。ラジェシュは、設備に向かって毎日問いかけていたのです。「今日、何か変わったことがあるか?」と。

問いには「方向」がある

ラジェシュの話から気づくことがあります。「問い続ける」といっても、その方向が重要だということです。

わたしが30カ国の現場で観察してきた中で、問いには大きく「内向きの問い」と「外向きの問い」があると感じています。

内向きの問いとは、自分の中で完結する問いです。

「自分はどう判断するか」「このデータは何を示しているか」「この問題の原因は何か」。これは必要な問いです。でも、これだけでは限界があります。自分の経験や知識の範囲内でしか答えが出てこないからです。

外向きの問いとは、自分の外側に向ける問いです。

「現場の人は何を感じているか」「設備は何を教えようとしているか」「この状況を一番よくわかっているのは誰か」「わたしが見落としているものは何か」。

変革を起こした人たちは、例外なく、この「外向きの問い」を持っていました。

自分の外側に、自分が知らない答えがあると信じている。だから聴く。観察する。問い続ける。

マーカスは「内向きの問い」に長けていた。だから優秀なエンジニアになった。フロリアンは「外向きの問い」を日々実践していた。だから工場を変えるマネージャーになった。

どちらが良い悪いではありません。製造業には両方が必要です。ただ、「変革を起こす」という文脈では、「外向きの問い」を持つ人が鍵を握っていた、というのがわたしの観察です。

第三節 変革を起こせない人のパターン

「問い続ける人」の話をしてきましたが、裏返しとして「変革を起こせない人」のパターンも見えてきます。

これは批判ではありません。わたし自身も、若い頃はそうだった部分が多いので、自戒も込めてお伝えします。

パターン1:「答えを持って現場に行く人」

問題が発生したとき、すでに「犯人」と「解決策」を頭の中で決めてから現場に行く人がいます。現場で確認するのは、自分の仮説の「証拠集め」だけ。

これは非常に危険なパターンです。

製造現場で起きる問題の多くは、「一つの原因から一つの結果」という単純な構造をしていません。複数の要因が絡み合い、タイミングが重なり、思わぬところから影響が出てくる。その複雑さを「答えを持って行く問い」は見逃します。

前職の大手ケミカルHD時代に、こんな経験をしました。ある樹脂成形の工場で、品質不良が続いていました。技術部門の判断では「原料ロットの変動が原因」。そう結論が出ていて、原料メーカーへのクレーム対応が進んでいました。

ところが現場に入ってみると、成形機のオペレーターがこう言いました。「先週から夜間の温度設定が少し変わったんですよ。でも、そっちは問題ないと言われたので報告しませんでした」

調べてみると、夜間の金型温度の微妙な変化が、原料ロットの変動と重なって品質のばらつきを生んでいた。原料だけを変えても、問題は解決しなかった。

「答えを持って行く人」は、現場のオペレーターが言おうとしていることに耳を貸さない、あるいは「それは関係ない」と処理してしまいます。

パターン2:「問題を解決しようとする人」

これは少し逆説的に聞こえるかもしれません。問題解決は大切ではないのか、と。

もちろん、問題解決は必要です。ただ、「問題を解決すること」だけを目標にしている人は、同じ問題を繰り返す傾向があります。

問題が起きる。解決する。終わり。次に同じ問題が起きる。また解決する。終わり。

このサイクルは、「問題の根っこ」に対して問いを向けていないから起きます。「なぜこの問題が起きたか」ではなく「どうやってこの問題を消すか」に集中してしまう。

変革を起こした人たちは、問題を解決しながら同時に「この問題が起きやすい状況とは何か」「そもそも、この問題が起きないようにするにはどういう仕組みが必要か」を問い続けていました。

パターン3:「経験を『正解』にする人」

経験は大切な資産です。でも、経験が「正解のコレクション」になってしまうと、問いが止まります。

「以前も同じことがあったから、今回もこれで解決できる」という判断は、経験が豊富な人ほど陥りやすいワナです。

わたしが見てきた中で、長年のベテランが若手の「おかしい」という気づきを「経験から言って問題ない」と一蹴してしまったために、大きなトラブルを招いた事例が複数あります。

経験は「問いの出発点」にはなれますが、「問いの終点」にはなってはいけない。これが、30カ国で繰り返し確認してきた教訓の一つです。

パターン4:「忙しすぎる人」

これは、構造的な問題です。個人の意志とは関係ない部分もあります。

日々の生産管理、品質対応、顧客クレーム、コスト管理、人員管理。製造業の現場リーダーは、本当に忙しい。一日が終わると、「問いを立てる」どころか、「今日も乗り切った」で精一杯になる。

問い続けることは、実は「余白」を必要とします。

ラジェシュが毎朝1時間、設備に問いかけながら歩いていられたのは、その時間が確保されていたからです。チェンマイの工場長が毎朝1時間、現場を歩いて「気になることはあるか」と聞き続けられたのも、その時間が優先事項として守られていたからです。

余白のない組織は、問いを持つ人を育てることができません。

第四節 「問い続ける習慣」は、どうすれば身につくか

では、どうすれば「問い続ける習慣」が身につくのでしょうか。

ここからは、わたしが現場で実際に試し、効果を確認してきた方法をいくつかお伝えします。

方法1:「なぜ」を5回ではなく、「それで?」を3回

「なぜなぜ分析」は製造業でよく使われる問題分析の手法です。「なぜ不良が出たか」「なぜその設備が止まったか」を繰り返し問うことで、根本原因を探る。

この方法は有効ですが、「なぜ」という問いは、やや「原因の追及」に向きがちです。責任の所在を探す方向にも使われやすい。

わたしが意識的に使うようにしているのは、「それで?」という問いを加えることです。

「この不良が出た。なぜ出たか」を問いながら、「それで、この不良が続くとどうなるか」「それで、現場の人はどう感じているか」「それで、次に何を試したいか」と問いを広げる。

これにより、問いが「過去の原因追求」だけでなく、「未来の可能性探索」にもなります。

方法2:「一番よく知っている人に聞く」を習慣にする

どんな問題についても、「これを一番よく知っているのは誰か」を最初に問う習慣をつくることをお勧めします。

その答えはほぼ必ず、「現場で毎日それに接している人」です。

ところが、現場の実態として、「一番よく知っている人」が「一番発言しにくい立場」にいることが多い。オペレーター、製造担当者、設備保全の担当者、品質検査の担当者。こういった方々は、たいてい一番の情報を持っていますが、組織の中で発言する機会を与えられていない。

「一番よく知っている人に聞く」を習慣にするだけで、問いの質が変わります。そして、現場の声が組織に流れるようになる。

方法3:「わからない」を声に出す

これは、特に立場が上になるほど難しくなります。

工場長が「わからない」と言うのは、権威の失墜に感じられるかもしれない。上司が部下に「教えてくれ」と言うのは、格好悪く思えるかもしれない。

でも、わたしが30カ国で観察してきた「変革を起こした人」たちは、全員が「わからない」を声に出すことに躊躇がありませんでした。

チェンマイの工場長は、現場を歩くとき「これは何のための作業ですか」と聞く。「自分はわかっているけど確認している」のではなく、「本当にわからないから聞いている」という姿勢でした。

「わからない」を声に出すことで、二つのことが起きます。一つは、自分が問いを持ち続けるトリガーになる。もう一つは、周囲の人が「この人には話してもいい」と感じ始める。

情報が集まるのは、「答えを持っている人」のところではなく、「問いを持っている人」のところです。

方法4:「問いを記録する」

答えではなく、問いを記録することをお勧めします。

ノートに「今日、気になったこと」「今日、わからなかったこと」「今日、誰かに聞きたかったこと」を書き留める。

これは、問いを「習慣化」するための非常にシンプルな方法です。

インドネシアでお会いした、ある工場の生産管理マネージャーは、毎晩5分、その日の「問いのリスト」を手帳に書いていました。答えは書かない。問いだけ。

「答えを書くと、そこで終わりになる。問いを書いておくと、翌日また考え続けられる」と彼は言っていました。

第五節 「問い続ける文化」はどう作るか

個人が「問い続ける習慣」を持つことは大切ですが、それを組織全体の文化にするにはどうすればいいのでしょうか。

これは、後の話(第8話・第10話)で詳しく取り上げますが、第1話のテーマとして、基本的な考え方をお伝えします。

文化は「制度」ではなく「反応」で決まる

問い続ける文化を作ろうとして、「毎週問いを提出してください」「月に1回、問いの発表会を開きます」といった制度を設ける組織があります。

でも、わたしの観察では、こうした制度はあまり機能しません。

なぜかというと、文化は「制度」ではなく、「誰かが何かをしたとき、リーダーがどう反応したか」で決まるからです。

あるオペレーターが「これ、おかしくないですか」と言ったとき、上司が「じゃあ一緒に見てみよう」と反応するか、「余計なことを言うな」と反応するか。

あるエンジニアが「わたしはまだよくわかっていないのですが」と言ったとき、周囲が「そういうことは勉強してから言え」と反応するか、「じゃあ一緒に考えよう」と反応するか。

この積み重ねが、文化を作ります。制度は「器」を作ることはできますが、中身を入れるのはリーダーの「反応」です。

「問いに反応する」リーダーの存在

わたしが見てきた「問い続ける文化」を持つ組織には、必ず「問いに反応するリーダー」がいました。

チェンマイの工場長がその典型です。オペレーターの「変な音がする」という気づきに、すぐに一緒に確認しに行った。そして翌日の朝礼で、全員の前で感謝を伝えた。

この「反応」が、「問いを出すことは安全だ」「気づいたことを言っていい」というメッセージを、言葉よりずっと強く現場に伝えます。

逆に、「それはわかってる」「それより今の問題を解決しろ」「余計な心配をするな」という反応が続くと、現場は黙ります。情報が止まる。問いが消える。

第六節 「問い続ける」ことの、もう一つの意味

ここまで、「外向きの問い」について話してきました。

でも実は、「問い続ける習慣」にはもう一つ、深い意味があります。それは、「自分自身への問い」です。

「わたしはなぜここにいるのか」「この仕事を通じて、何を実現したいのか」「自分が正しいと思っていることは、本当に正しいのか」。

これは、ともすると「哲学的すぎる」「現場には関係ない」と思われがちです。でも、わたしの経験では、長期的に変革を起こし続けた人は、この「自分自身への問い」を持っていた人でした。

中東・サウジアラビアの石油化学プラントで出会った、あるベテランの設備管理エンジニアとの会話が記憶に残っています。

彼は、30年以上そのプラントで働いてきた人でした。大規模な設備更新プロジェクトを何度もリードし、プラント全体のエネルギー効率を大幅に改善した実績を持つ。業界内での評価も非常に高い。

わたしが「長年同じプラントで働いて、飽きないですか?」と聞くと、彼はこう答えました。

「飽きることはないです。なぜかというと、同じプラントを見るたびに、昨日気づかなかったことに気づくから。それが気持ちいい」

「昨日気づかなかったことに気づく、というのはどういうことですか?」

「若い頃は、このプラントを『動かすもの』だと思っていました。今は、このプラントが『教えてくれるもの』だと思っています。わたしが問いかけるから、プラントが答えてくれる。その関係が、30年間変わらずある」

これは、「自分自身への問い」から生まれる姿勢です。「自分はこのプラントの何を知っているか」「まだ知らないことは何か」「このプラントは何を教えようとしているか」という問いが、30年間の探求を支えていた。

第七節 デジタル時代の「問い続ける人」

最後に、現代的な文脈を加えておきます。

生成AI、IoTセンサー、デジタルツイン。製造業を取り巻くデジタル技術は、急速に進化しています。

これらの技術は、データを大量に収集し、パターンを見つけ、予測を立て、「答え」を出してくれます。

では、「問い続ける人」の価値は下がるのでしょうか。

わたしの答えは「逆だ」です。

AIやデジタルツールが「答え」を出す力を持つほど、「何を問うか」という力の価値が上がります。

AIは、問われたことに対して答えを出します。でも、「何を問うか」はAIには決められない。少なくとも今は、そして当分の間は。

問うべき問いを設定するのは、人間の役割です。現場の空気を読んで「ここに問うべき何かがある」と感じるのは、人間の感覚です。データが示す「答え」に対して「本当にそれで合っているか」と問い直すのも、人間の問いです。

デジタル技術が普及した製造現場で、最も価値を持つのは、「良い問いを立て続けられる人」だとわたしは思っています。

チェンマイの工場長は、AIを使っていなかった。ラジェシュは、IoTセンサーに頼らず設備の声を聴いていた。ドイツのフロリアンは、データよりも現場の人の言葉を優先した。

でも、もし彼らが今の時代にいたとして、AIやデジタルツールを手にしたとしたら、その力は何倍にも膨れ上がるはずです。なぜなら、彼らはすでに「問い続ける習慣」を持っているから。その習慣に、強力な道具が加わる。それが、これからの製造業における「現場の賢者」の姿だとわたしは思っています。

第八節 「問い続ける人」に、今日からなれるか

「問い続ける習慣」は、才能ではありません。今日から始められます。

ただし、一つだけ前提が必要です。「自分はまだ知らないことがある」という前提。

これを本当に信じていないと、問いは生まれません。

知っている、わかっている、経験済みだ。そう思った瞬間、問いは止まります。

反対に、「まだ知らないことがある」と信じている人は、何十年のキャリアを積んでも、現場を歩きながら問い続けます。

30カ国で出会った「変革を起こした人」たちは、全員が、この「まだ知らないことがある」という確信を持ち続けていました。

それは、謙虚さの話ではありません。知的な姿勢の話です。

世界は常に変化していて、現場は常に何かを語ろうとしていて、人はいつでも新しいことを教えてくれる。そのことへの、深い信頼。

その信頼を持った人が、問い続けることができる。そして、問い続ける人が、現場を変えることができる。

わたしがこれまで見てきた30カ国の現場の経験から、この一点だけは、自信を持って言えます。

まとめ 第1話のキーポイント

・ 変革を起こす人と起こせない人の違いは、技術でも学歴でも経験年数でもない。「問い続けているかどうか」という習慣の差だった。

・ 「問い続ける」には方向がある。「内向きの問い(自分の中で完結する問い)」と「外向きの問い(自分の外側に向ける問い)」。変革を起こす人は、後者を日常的に実践していた。

「問い続ける習慣」が止まるパターンには、「答えを持って現場に行く」「問題を解決することだけが目標になる」「経験を正解のコレクションにする」「余白がない」の4つがある。

・ 「問い続ける習慣」を身につける実践として、「それで?を問う」「一番よく知っている人に聞く」「わからないを声に出す」「問いを記録する」がある。

・ 組織として「問い続ける文化」を育てるには、制度より「リーダーの反応」が重要。問いに対して誰かが反応し続けることで、文化が育つ。

デジタル時代こそ、「何を問うか」の力の価値が上がる。AIは答えを出すが、問いを立てるのは人間の役割。

次の第2話では、インドネシアのある工場で出会った22歳のオペレーターの話をします。彼女が持っていた「観察力」が、なぜ組織の中で潰されそうになったのか、そしてそれをどう救ったのか。「現場の最前線にいる人」が持っているものの価値と、それを活かせる組織・潰す組織の違いについてお話しします。

引用文献・参考資料

・ Amy Edmondson, The Fearless Organization, Wiley, 2018(邦訳:『恐れのない組織』英治出版)
・ Edgar H. Schein, Humble Inquiry: The Gentle Art of Asking Instead of Telling, Berrett-Koehler Publishers, 2013(邦訳:『問いかける技術』英治出版)
・ Clayton M. Christensen, The Innovator's Dilemma, Harvard Business School Press, 1997(邦訳:『イノベーションのジレンマ』翔泳社)
・ 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年
・ 石川馨『品質管理入門』JUSE Press、1989年
・ 遠藤功『現場力を鍛える』東洋経済新報社、2004年
・ 中原淳『職場学習論』東京大学出版会、2010年
・ Warren Berger, A More Beautiful Question, Bloomsbury Publishing, 2014
・ Michael Polanyi, The Tacit Dimension, Doubleday, 1966
・ Deloitte Insights, 2024 Global Manufacturing Industry Outlook
・ World Economic Forum, The Future of Jobs Report 2023
・ ILO, World Employment and Social Outlook: Trends 2024

著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役

大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュ・オピニオン部門 2024年/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/

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