〜エタン・バイオマス・廃プラ・CO2、四つの後継者を比べる〜
◆はじめに Prologueから第1話へ
Prologueでは、2026年2月28日のホルムズ封鎖以降の急変と、日本の製造業が抱える三つの脆弱性(素材・循環・電源)を腰を据えてお伝えしました。多くの読者のみなさまから「危機の構造はわかった。では、ナフサに代わる原料は本当にあるのか」というお声を頂戴しました。
第1話では、その問いに正面から向き合います。テーマはひとつだけ。「ナフサの後継者は誰か」。エタン、バイオマス、廃プラスチック、CO2。この四つを、現場目線で、コスト・スケール・技術成熟度の三つの軸から並べさせていただきます。
正直に申し上げますと、答えはひとつではありません。地域ごと、業種ごと、製品ごとに「最適な後継者」は違ってきます。だからこそ、選択肢の全体像を、できるかぎりフラットにお見せすることが、第1話の役割だと考えました。
わたくしが大手ケミカルHDで30カ国以上の事業運営を統括していたとき、痛感したことが一つあります。「正解は地域ごとに違う」ということです。米国で正解だった戦略を中東に持っていっても通じない。欧州で機能した仕組みが東南アジアでは機能しない。原料の話も、まったく同じです。
今回は、その「地域ごとの最適解」を見極めるための地図として、四つの後継者を並べてご紹介します。
【脱ナフサ_第1話_スライド.pdf
スライド2「四つの後継者 全体マップ」参照】
※ エタン・バイオマス・廃プラ・CO2の4軸を四象限で配置し、コスト軸・スケール軸の位置関係を一目で把握できる全体マップ。本記事の出発点となるスライドです。
◆そもそも、ナフサとは何だったのか
石油文明の「最初の枝分かれ」
ナフサというのは、原油を蒸留したときに、軽質ガス(プロパン・ブタン)の次に出てくる液体留分です。沸点はおおむね30〜200℃。原油1バレルから約15〜25%がナフサとして取れます。
このナフサを高温(800〜900℃)の熱分解(クラッキング)にかけると、エチレン、プロピレン、ベンゼン、トルエン、キシレンといった「基礎化学品」になります。さらにそこから、ポリエチレン、ポリプロピレン、PETボトル、合成繊維、塗料、医薬品中間体、農薬、洗剤など、わたくしたちの生活と産業を支えるほぼすべての化学製品が枝分かれしていきます。
つまりナフサは、石油文明の「最初の枝分かれ」なのです。原油から燃料(ガソリン・軽油・重油)への道と、化学品への道が分かれる、その分岐点に立っているのがナフサです。
「ナフサ族」という産業樹形図
製造業の現場で「ナフサ族」と呼ばせていただきたい産業群があります。ナフサクラッカーから出てくる基礎化学品を直接・間接に使う産業の総称です。
• 樹脂・プラスチック産業:ポリエチレン、ポリプロピレン、PET、ポリスチレン、ABS、ナイロン、PBT、PC、エンジニアリングプラスチック全般
• 合成繊維産業:ポリエステル繊維、ナイロン繊維、アクリル繊維、ポリウレタン繊維
• 合成ゴム産業:タイヤ用ゴム、自動車部品用ゴム、シール材
• 塗料・接着剤産業:自動車塗料、建築塗料、構造用接着剤
• 化粧品・洗剤産業:界面活性剤、油剤、香料中間体
• 医薬品・農薬産業:医薬中間体、農薬中間体、生分解性樹脂
• 電子材料産業:半導体封止材、フォトレジスト、機能性フィルム、二次電池材料
Prologueで申し上げた「ナフサ系製品を仕入れる国内製造業約4万7,000社」というのは、この樹形図の枝先にぶら下がっている企業群です。
なぜ「ナフサ依存」が問題なのか
ナフサそのものは悪い原料ではありません。むしろ、製品種類の多様性、品質の安定性、加工のしやすさで、世界に冠たる素材体系を作り上げた立役者です。問題は「依存」のほうにあります。
Prologueでお伝えしたとおり、日本のエチレン原料の95%はナフサ。さらにそのナフサの74%が中東依存です。つまり、日本の化学産業の根幹は、地政学リスクをまともに受ける場所に立っています。
これが10年前であれば、「ナフサは安く、いつでも買える」という前提が機能していました。けれども2026年のいま、その前提が崩れた。ですから「ナフサ依存をどう減らすか」という問いが、急遽、製造業の現場の中心テーマに浮上したのです。
ナフサが悪いのではない。一本足打法だったことが、いま問われている。
◆後継者① エタン 「米国の答え」
シェール革命がもたらしたエタンの大増産
最初の後継者は、エタンです。エタン(C2H6)は天然ガスに含まれる軽質炭化水素で、メタン(C1)の次に重い分子です。シェールガスの随伴ガスとして米国で大量に出てきます。
2008〜2014年のシェール革命を境に、米国のエタン生産量は年率10%超で増加し続けてきました。2024年時点で米国のエタン生産量は日量約260万バレル。世界のエタン供給の60%以上を米国が占める構造になっています。
エタンをクラッカーにかけると、ナフサクラッカーよりはるかに効率よくエチレンが取れます。エタンクラッカーでは投入エタンの約80%がエチレンになります(ナフサクラッカーは約30%)。副生物が少ない分、エチレン単品狙いには圧倒的に有利です。
信越化学が証明した「先読み投資」の力
Prologueでも触れさせていただいた信越化学工業の塩ビ事業は、まさにこのエタン路線の代表例です。米国ルイジアナ州の子会社シンテックが世界最大の塩ビメーカーとなり、ナフサ高騰のたびに利益率を拡大していく構造を持っています。
信越化学だけではありません。三菱ケミカルもサウジ・SABIC、米国シェブロン・フィリップスとの合弁、米国EnterPro傘下のクラッカー投資など、エタン路線への分散を進めてきました。住友化学もシンガポール・サウジでエタン誘導品の体制を持っています。
ただし、ここで率直に申し上げたいことがあります。「日本国内でエタンクラッカーを動かす」という選択肢は、現実的には極めて限定的です。
日本国内でエタンが使いにくい三つの理由
理由は三つあります。
• 理由1:エタン輸入インフラがない。エタンは沸点が低いため、液化(-89℃)して運ぶ必要があり、専用の冷凍タンカーと受入基地が要る。米国〜日本航路は約1万海里あり、輸送コストが原料コストを大きく食う
• 理由2:既存クラッカーがナフサ仕様で最適化されている。エタンに切り替えるには反応炉から熱回収系まで設計し直す必要があり、改造コストが新設並みに膨らむ
• 理由3:副生物が出ない。エタンクラッカーはエチレン専用機。プロピレン・ベンゼン・トルエン・キシレンが取れないため、日本の総合化学品体系(C2〜C9の全フローを使う)には合いにくい
つまり、エタンは「米国に進出した日系企業の答え」にはなり得ますが、「日本国内で動かす答え」にはなりにくい原料です。地政学リスクから逃げる手段としては有効ですが、国内産業基盤の置き換えにはなりません。
エタンの限界 米国もまた地政学リスクを抱える
もうひとつ、頭の隅に置いておきたい論点があります。「米国もまた、別の地政学リスクを抱えている」ということです。
トランプ政権下での通商政策の不確実性、シェール開発に対する州ごとの規制差(カリフォルニア州・ニューヨーク州はシェール採掘を制限)、そして長期的にはシェール井戸の生産性低下(タイトオイル井戸の減退率は年率40%超とも言われます)。
エタンは確かに「いまの解」ですが、「10年後の解」かどうかは、誰にもわかりません。「中東依存からシェール依存への乗り換え」が、リスク分散になっているのかどうか、わたくしは慎重に見ています。
◆後継者② バイオマス 「植物由来の答え」
バイオナフサとバイオエチレンの基礎
二つめの後継者は、バイオマスです。植物由来の原料(サトウキビ、トウモロコシ、廃食用油、木質バイオマス、藻類など)から、化学品の原料を作ろうという発想です。
バイオマス由来の原料には、大きく三つの種類があります。
• バイオエタノール:サトウキビ・トウモロコシなどの糖質を発酵させて作るエタノール。脱水反応でバイオエチレンに転換できる
• バイオナフサ(HVOナフサ):廃食用油や植物油を水素化処理(HVO)してナフサ留分を得る方法。既存のナフサクラッカーにそのまま投入できるのが最大の利点
• バイオオレフィン直接製造:バイオエタノール脱水によるエチレン、糖からの直接発酵によるブタジエンなど、目的化学品を直接合成する方法
世界の先行プレーヤー ブラスケムとNeste
バイオマス由来の化学品で先行しているのは、ブラジルのブラスケム(Braskem)と、フィンランドのNesteです。
ブラスケムは、サトウキビ由来のバイオエタノールから「グリーンPE」(バイオエチレン由来のポリエチレン)を商業生産しています。生産能力は年間20万トン規模。LEGO社、コカ・コーラ、ロレアルなどが採用しています。価格は通常PEの1.5〜2倍ですが、ESG調達需要で売れ筋になっています。
Nesteは、廃食用油・パーム残渣・動物性油脂などを原料とする「Neste RE」というバイオナフサを供給しています。既存のナフサクラッカーにそのまま投入できる「ドロップイン型」の特徴を持ち、欧州の大手化学メーカー(BASF、Borealis、SABIC)が次々と長期供給契約を結んでいます。
【脱ナフサ_第1話_スライド.pdf
スライド5「世界のバイオ化学品プレーヤー」参照】
※ ブラスケム(ブラジル)・Neste(フィンランド)・LanzaTech(米国)等の主要プレーヤーの生産能力・原料・採用顧客を整理したマトリックス。
日本でのバイオマス活用 可能性と制約
日本でも、ENEOS、出光興産、三菱ケミカル、レゾナックなどがバイオナフサの調達・国産化検討を始めています。三井化学はNesteのバイオナフサを既存ナフサクラッカーで処理し、市原工場からマスバランス方式でバイオPE・バイオPPを2021年から供給しています。
ただし、バイオマスにも制約があります。現場目線で正直に申し上げると、以下の四点が壁になります。
• コスト:バイオナフサは通常ナフサの1.5〜2倍。バイオエタノール由来エチレンも通常エチレンの1.3〜1.8倍
• スケール:世界のバイオナフサ生産量は年間およそ500万トン。世界のナフサ消費量3億トン超に対し、2%にも届かない
• 食料・土地との競合:トウモロコシやサトウキビを原料にすると食料需給に影響する。EUは食料系バイオ燃料の使用上限を設けつつある
• カーボン会計の複雑さ:間接土地利用変化(ILUC)を含めると、本当に「カーボンニュートラル」かどうかの計算は難しい
マスバランス方式という現実解
ここで一つ、現場で重要な仕組みをご紹介させてください。マスバランス方式です。
マスバランス方式とは、バイオナフサと従来のナフサを既存クラッカーで混合処理し、投入量に応じてバイオ由来分を製品にアロケート(割り当て)して認証する仕組みです。化学的にはバイオ由来分子と石油由来分子は混ざってしまいますが、会計上は「投入したバイオ分のエチレンはバイオPEだ」と認定します。
これにより、既存のナフサクラッカーをそのまま使いながら、バイオ製品を商業生産できます。ISCC PLUS(International Sustainability and Carbon Certification)が代表的な認証スキームで、欧州・日本の主要メーカーが採用しています。
わたくしは、このマスバランス方式が今後10年の「現実解」になると見ています。新設の専用プラントを建てなくても、既存資産を活用しながらバイオ移行を進められるからです。
バイオマスは、独立した解ではなく、既存のナフサ体系の中で「比率を上げていく解」として現実的になる。
◆後継者③ 廃プラスチック 「循環型の答え」
廃プラがナフサに戻る ケミカルリサイクルの全体像
三つめの後継者は、廃プラスチックです。これは、わたくしの前回連載「リサイクルの真実」全12回で腰を据えて掘り下げた領域なので、ここでは「ナフサの代替原料」という視点から、要点を整理させていただきます。
廃プラを原料に戻す技術を、ケミカルリサイクルと呼びます。主な方法は四つあります。
• 熱分解油化:廃プラを400〜600℃で熱分解し、ナフサ相当の熱分解油を得る。最も汎用性が高く、商業化が進んでいる
• ガス化:800〜1,200℃でガス化し、合成ガス(H2+CO)を得る。製鉄プロセスとの統合が進む
• 解重合:PETやPSなど特定樹脂をモノマー単位まで戻す。原料用途は限定的だが、品質は高い
• 溶媒抽出:マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの中間。樹脂を再溶解して再使用する
脱ナフサ文脈で最も重要なのは、熱分解油化です。なぜなら、得られる熱分解油(パイロライシスオイル)が、ナフサとほぼ同じ性状を持ち、既存のナフサクラッカーにそのまま投入できるからです。
欧州勢の先行 BASFとSABICの本気
廃プラ熱分解で世界をリードしているのは欧州です。
BASFは「ChemCyclingプロジェクト」を2018年から始め、ノルウェーQuantafuel、ドイツPyrum Innovations、英国Plastic Energyなどの熱分解プラント運営事業者と連携して、廃プラ由来の熱分解油を自社のルートヴィヒスハーフェン製造所のナフサクラッカーに投入しています。商業生産は2024年から本格化、2030年までに年間25万トン以上の処理能力を目指しています。
SABICは、英国Plastic Energyとの合弁で、オランダのヘーレンに世界初の商業規模の廃プラ熱分解工場を2023年から稼働させています。年間処理能力2万トンからスタートし、2030年までに30万トン規模に拡大する計画です。
ENI(イタリア国営エネルギー会社)は、Versalis(化学子会社)を通じて、廃プラ熱分解技術「Hoop®」を独自開発。マントヴァ工場で2024年から商業稼働を始めています。
日本の動き ENEOS・三菱ケミカル・レゾナック
日本でも複数のプロジェクトが動き始めています。
• ENEOS:川崎エリアで、廃プラ熱分解油の自社製造プロジェクトを2025年から本格稼働。年間2万トン規模からスタート
• 三菱ケミカルグループ:茨城県鹿島地区で、英国Mura Technologyの「HydroPRS™」技術を導入した熱分解プラントを2025年に稼働、年間2万トン処理能力
• レゾナック:川崎事業所で、廃プラスチックのガス化による水素・アンモニア製造を継続。日本で唯一の商業規模のガス化リサイクル
• 出光興産:千葉でNesteと連携、廃プラ熱分解油の受入と既存クラッカーでの処理を2024年から開始
• 住友化学・三井化学:千葉・市原コンビナートで複数の廃プラリサイクル事業を立ち上げ準備中
ただし、Prologueでお伝えしたとおり、商業規模で見れば日本は欧米に5年遅れています。ENEOSや三菱ケミカルの2万トン規模は、BASFやSABICの数十万トン規模と比べると、桁が違います。
廃プラ後継者の壁 「集める」と「混ぜない」
廃プラを後継者として機能させるには、二つの大きな壁があります。
一つめは「集める」壁です。日本のプラスチック廃棄物総量は年間約850万トン(2023年実績)。このうちケミカルリサイクル原料として使えるのは、現状で年間30〜50万トン規模と見られています。理由は分別の精度です。製造業の現場では、生産工程で出る端材(オフセプラ)は分別精度が高く再資源化しやすいですが、家庭系の廃プラは異物混入が多く、熱分解原料として品質を確保するのが難しい。
二つめは「混ぜない」壁です。熱分解油の品質を保つには、PVC(塩素含有)、PET(酸素含有)、PA(窒素含有)などを除いた「PE・PP主体」の組成で集める必要があります。これが意外と難しい。自治体の選別ラインも、リサイクル業者の処理能力も、まだ追いついていません。
わたくしがCLOMA(クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス)のインドネシア協力WGリーダーとして現場で痛感していることがあります。「分別と物流が、本気で日本の課題」だということです。技術ではなく、インフラと運用が、いまの律速段階です。
廃プラがナフサに戻る道は、もう技術の問題ではない。集めて、混ぜないで運ぶ、というインフラの問題になっている。
◆後継者④ CO2 「未来の答え」
CCUとCCSの違い、そしてCCUがなぜ重要か
四つめの後継者、CO2については、まず用語の整理からさせてください。
• CCS(Carbon Capture and Storage):CO2を回収して地中に貯留する。化学原料として使わない
• CCU(Carbon Capture and Utilization):CO2を回収して、化学原料・燃料・建材として活用する
• CCUS:両方を合わせた総称
脱ナフサの文脈で重要なのは、CCUのほうです。CO2を化学原料に戻すというのは、植物が光合成でCO2から炭水化物を作るのと同じ発想を、人工的にやろうという話です。
メタネーション、e-fuel、合成ナフサ
CO2を化学原料に戻す経路は、いくつかあります。
• メタネーション:CO2 + H2 → メタン(CH4)。最も技術的に成熟しているが、付加価値は低い
• メタノール合成:CO2 + H2 → メタノール(CH3OH)。メタノールからMTO(Methanol to Olefins)でエチレン・プロピレンが取れる
• e-fuel合成:CO2 + H2 → 合成ガソリン・合成ジェット燃料。航空業界の脱炭素で注目
• 合成ナフサ:CO2由来のフィッシャー・トロプシュ合成で軽質炭化水素を作る
脱ナフサで最も射程が広いのは、CO2由来メタノール経由のMTOです。中国がすでに石炭由来メタノールで大規模なMTOを商業化しており、CO2由来に切り替えれば、そのまま脱炭素エチレン製造の道筋が見えます。
【脱ナフサ_第1話_スライド.pdf
スライド7「CCUの技術ロードマップ」参照】
※ メタネーション・メタノール合成・e-fuel・合成ナフサの4経路を、技術成熟度(TRL)・コスト・スケール・グリーン水素必要量で並べた比較ロードマップ。
グリーン水素という前提条件
ここで、CCU技術の全てに共通する前提条件をお伝えしなければなりません。グリーン水素です。
CO2を化学品に変えるには、必ず水素(H2)が必要です。そしてその水素が再エネ由来の「グリーン水素」でなければ、せっかくCO2を吸収しても、水素製造時にCO2を出していては意味がありません。
世界のグリーン水素生産量は2024年時点で年間約100万トン。世界の水素需要は約9,500万トンですから、まだ1%にすら届きません。「2030年までに500万トン」「2050年までに数千万トン」という各国目標が示されていますが、現実の生産能力は政府目標から大きく遅れています。
つまり、CCUは技術的には実現可能でも、「グリーン水素が安く大量にある世界」が来ない限り、商業規模では動かない。これが現実です。
日本企業の動き INPEX・三菱重工・川崎重工
日本でもCCUへの投資は始まっています。
• INPEX:新潟県柏崎でCCUS実証、メタネーションを国内最大規模で実施
• 三菱重工エンジニアリング:CO2回収技術「KS-21」で世界シェア首位、欧州・米国に多数納入
• 川崎重工:液化水素運搬船を世界に先駆けて開発、豪州〜日本のグリーン水素サプライチェーン構築中
• ENEOS:横浜製油所でCCSの実証、CO2を液化して海底貯留
• 旭化成:水電解装置(アルカリ型)で世界最大級。グリーン水素製造装置のメーカーとして注目
ただし、これらのプロジェクトはまだ実証段階です。商業規模で動くのは2030年以降、本格普及は2035年以降と見るのが現実的です。
CO2は最も射程が広いが、最も遠い後継者。10年仕事ではなく、20年仕事。
◆四つの後継者を、コスト・スケール・時間軸で並べる
コスト軸 現状と2030年予測
ここまでお話しした四つの後継者を、現場で意思決定に使える形で並べさせてください。まずコスト軸からです。
現状のエチレン製造コスト(1トンあたり、おおまかな数字)を、後継者別に比較します。
• ナフサクラッカー(中東ナフサ前提):1,000〜1,400ドル
• エタンクラッカー(米国エタン):500〜700ドル ← 圧倒的に安い
• バイオエタノール経由バイオエチレン:1,800〜2,500ドル
• 廃プラ熱分解油クラッカー:1,200〜1,800ドル
• CO2由来メタノール経由MTO(グリーン水素前提):3,000〜5,000ドル
いま現実的に「安く」エチレンを作れるのはエタンだけです。これが、米国の化学産業が世界で最も競争力を持っている理由です。
ただし、2030年時点でコスト構造は変わる可能性があります。
•ナフサ価格は地政学リスクで高止まり予想(1,200〜1,800ドル)
•バイオナフサはスケール拡大で低下(1,500〜2,000ドル)
•廃プラ熱分解油はインフラ整備とCO2クレジットで実質低下(800〜1,400ドル)
•CO2由来は技術成熟+グリーン水素価格低下で(2,000〜3,500ドル)
つまり、2030年に向けて、廃プラ熱分解油がコスト的にナフサと拮抗してくる可能性が高い。これは現場での投資判断に直結する見立てです。
スケール軸 商業規模で動くのはいつか
次に、スケールの軸です。日本の年間エチレン生産能力は約650万トン。世界では約2億トン。これだけのスケールを置き換えるには、各後継者にどれくらいの時間がかかるでしょうか。
• エタン:すでに商業規模。米国・中東・カナダで年間1億トン超のエチレンを生産
• バイオナフサ:現状の世界供給は約500万トン。2030年で1,500〜2,000万トン予測
• 廃プラ熱分解油:現状の世界供給は約100万トン。2030年で500〜1,000万トン予測
• CO2由来合成ナフサ:現状ほぼゼロ。2030年でも100〜300万トン規模、本格化は2035年以降
世界のナフサ消費量3億トン超に対し、四つの後継者合計でも2030年時点で10〜15%程度を置き換えるのが精一杯です。脱ナフサは「ナフサをゼロにする話」ではなく、「依存比率を計画的に下げていく話」だということが、ここからもわかります。
時間軸 「いまの解」「5年後の解」「10年後の解」
わたくしは現場でこの四つを、三つの時間軸で並べさせていただいています。
【いまの解】エタンへの設備分散と、廃プラ熱分解油の試験投入
既存資産を生かしつつ、米国エタン投資を継続し、廃プラ熱分解油をマスバランスで既存クラッカーに混合投入する。これがいま現実的に動ける手です。
【5年後の解】バイオナフサと廃プラ熱分解油の本格商用化
2027〜2030年で、バイオナフサと廃プラ熱分解油の供給インフラが整い、ナフサ消費量の5〜10%程度を置き換える形になる見込みです。マスバランス方式での認証ビジネスも本格化します。
【10年後の解】CO2由来合成ナフサとMTOの統合
2030年代後半に、グリーン水素のコストが現状の3分の1程度まで下がれば、CO2由来の合成ナフサとMTOが商業ベースで動き始めます。ここで初めて「真の脱ナフサ」が射程に入ってきます。
【脱ナフサ_第1話_スライド.pdf
スライド11「四つの後継者の時間軸マップ」参照】
※ 横軸を時間(2025-2040年)、縦軸をエチレン換算生産能力(万トン)として、四つの後継者の立ち上がりカーブを示すロードマップ。
◆地域ごとに、最適な後継者は違う
北米 エタン主体+廃プラの大型化
米国・カナダは、エタンの大量供給がある地域です。北米の脱ナフサ戦略は、ナフサそのものをエタンに置き換える方向で進みます。
ExxonMobil、Dow、Chevron Phillipsなどの大手は、テキサスのコーパスクリスティやベイタウンに大型エタンクラッカーを次々と新増設しています。同時に、廃プラ熱分解油の商業化も急ピッチで進めており、Eastmanはテネシー州キングスポートで年間11万トンの解重合プラント、LyondellBasellはテキサスで年間6万トンの熱分解油プラントを稼働させています。
北米の特徴は、「ナフサに戻る選択肢」が選ばれていないことです。エタンというより安い原料があるので、廃プラはむしろ「特殊用途・ブランド価値の原料」として位置づけられています。
欧州 廃プラ+バイオ+規制の三本立て
欧州は、エタンの自国供給が少なく、ロシア天然ガス依存からの脱却を進めるなかで、廃プラとバイオに大きく振れています。
EU規制(PPWR、ESPR、CBAM、Critical Raw Materials Act)が、廃プラ・バイオの需要を強制的に押し上げる構造になっています。2030年までに全包装材の30%以上を再生材にせよ、というPPWRの要求は、化学産業のリサイクル原料調達を急務にしています。
BASF、SABIC、ENI、Borealis、Covestroなどが、廃プラ熱分解油とバイオナフサを既存クラッカーで処理する「マスバランス供給網」を急速に構築中です。
中国 石炭由来MTOから、徐々にCO2へ
中国は独自路線です。豊富な石炭資源を活かして、メタノールを大量生産し、MTO(Methanol to Olefins)プロセスで石炭由来エチレン・プロピレンを大量に製造しています。中国のエチレン生産能力の30%以上がMTO由来です。
MTOプロセス自体は、原料がメタノールなので、将来的にメタノールの製造原料を「石炭→CO2+グリーン水素」に切り替えれば、そのまま脱炭素化できます。中国の独自路線は、長期的にはCO2由来エチレンへの最短ルートを持っている可能性があります。
わたくしは個人的に、ここに「日本が見落としがちな論点」があると感じています。中国のMTO体系は、原料切替の自由度が高い。日本のナフサクラッカー体系は、原料切替の自由度が低い。この構造的な差は、今後10年の競争力に効いてきます。
日本 ハイブリッド戦略しか道はない
そして日本です。日本の現実的な選択肢を、率直に申し上げます。
第一に、エタンへの分散は海外拠点で継続する。信越化学・三菱ケミカル・住友化学が進めている米国・サウジ・東南アジアでの投資は、地政学リスク分散として有効です。これは続けるべきです。
第二に、国内コンビナートでは「マスバランス方式でのバイオ+廃プラ混合」を進める。既存のナフサクラッカーを活かしつつ、バイオナフサと廃プラ熱分解油を計画的に投入し、認証ベースのバイオ製品・リサイクル製品を顧客に供給していく。
第三に、廃プラ熱分解油の国産インフラを集中投資で立ち上げる。これは「集める」「混ぜない」のインフラ問題が律速段階なので、自治体・廃棄物処理業者・化学メーカーが連携した3者協業が必須です。
第四に、CO2由来のCCU技術を、グリーン水素戦略と組み合わせて2030年代後半に向けて研究開発を継続する。これは「来ない可能性」もある未来への投資ですが、来た時に乗り遅れないための準備として必要です。
【脱ナフサ_第1話_スライド.pdf
スライド13「地域別の後継者戦略マトリックス」参照】
※ 北米・欧州・中国・日本の4地域それぞれで、エタン・バイオ・廃プラ・CO2のどれが主軸になるかを矩形マトリックスで整理した戦略マップ。
ハイブリッド戦略。それしか、日本の現実的な道はない。
◆第1話の結びに 「後継者は一人ではない」
「ナフサの後継者は誰か」への答え
第1話の冒頭で、「ナフサの後継者は誰か」という問いを立てさせていただきました。ここまで読んでくださったみなさまには、もう答えが見えていると思います。
「後継者は一人ではない」。これがわたくしの答えです。
エタン、バイオマス、廃プラ、CO2。この四つは、互いに競合する関係ではなく、補完しあう関係にあります。地域ごと、業種ごと、製品ごとに、組み合わせの最適解が違ってきます。
そして、四つすべてに共通する重要な前提が二つあります。一つは「既存のナフサ体系を完全に置き換える」のではなく「比率を計画的に下げていく」というスタンス。もう一つは、四つの後継者を支えるインフラ(輸入基地、リサイクル収集網、グリーン水素サプライチェーン)への先行投資です。
経営者の意思決定にどう活かすか
第1話の内容を、明日からの経営判断にどう落とし込んでいただくか、最後にひとつ整理させてください。
• 自社で使っているナフサ系原料を、まず棚卸しする。どの製品系列が、どれくらいナフサ依存度を持っているかを可視化する
• 仕入れ先(化学メーカー)に、後継者戦略を質問する。「2030年までに、御社からの供給はどれくらいバイオ・リサイクル原料に置き換わるか」
• 顧客(最終ユーザー)の要求を確認する。「リサイクル比率」「バイオ比率」「CFP(カーボンフットプリント)」をいつまでに、どの水準で求められるかを把握する
• 自社製品の設計レビューを始める。「この製品は、後継者原料に切り替えても性能が出るか」「設計変更でリサイクルしやすくできるか」を試算する
• 業界団体・コンソーシアム(CLOMA等)への参画を検討する。一社だけで動くより、業界連携のほうがインフラ整備は早く進む
◆次回 第2話への予告
第1話で四つの後継者を並べました。次回・第2話では、その中でも日本にとって最も重要な「廃プラスチック」を、もう一段深く掘り下げます。
第2話のタイトルは「リサイクルは『義務』から『産業』へ ケミカルリサイクルが変えるバリューチェーン」。廃プラが「原料」になる時代に、誰がどう動けばケミカルリサイクルが本物の産業になるのか。日本・欧州・米国・東南アジアの最新動向と、わたくしがCLOMAインドネシアWGで見てきた現場のリアルを、合わせて整理させていただきます。
第1話を読んで「うちはこうしている」「ここはもう少し詳しく聞きたい」「この説明は実態と違うのではないか」というお声がございましたら、ぜひコメント欄でお聞かせください。読者のみなさまの問いかけが、次回以降の連載の質を引き上げてくださいます。
どうぞ最後までお付き合いください。湘南の海から、横浜の港から、そして30カ国の製造業の現場から、お届けします。
2026年5月 湘南・横浜にて
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
◆引用文献・参考資料
• 経済産業省「資源エネルギー白書」2025年版/2026年版
• 経済産業省「化学産業のカーボンニュートラル戦略」2024年
• 石油化学工業協会「石油化学工業の現状」2025年版
• 信越化学工業 統合報告書2025/決算説明資料
• 三菱ケミカルグループ「サステナビリティ統合レポート」2025年
• ENEOSホールディングス「サステナビリティレポート」2025年
• 出光興産「サステナビリティレポート」2025年
• レゾナック・ホールディングス「統合報告書」2025年
• BASF「ChemCyclingプロジェクト」公式資料(2024年版)
• SABIC「TRUCIRCLE™ ポートフォリオ」公式資料
• ENI Versalis「Hoop®」プロジェクト関連資料
• Neste「Neste RE」バイオナフサ事業説明資料
• Braskem「Green PE(I'm green™)」事業説明資料
• Mura Technology「HydroPRS™」技術概要資料
• IEA(国際エネルギー機関)「The Future of Petrochemicals」2018年/更新版2024年
• ICIS Chemical Business 各号
• CLOMA(クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス)公式資料
• ISCC PLUS 認証制度 公式ドキュメント
• 畠山達彦 過去連載「リサイクルの真実 日本・欧州・米国・東南アジア、4つの現場から問い直す」全12回(note)
• 畠山達彦 過去連載「再生可能エネルギーと製造業 建前を脱して本音で向き合う」全12回(note)
◆著者プロフィール
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD 2024 ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。CLOMA インドネシア協力WG リーダー。
会社URL https://www.dctainc.com/
◆キーワード
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