〜2026年1月、世界の工場が止まりかけた日。レアアース対日規制が照らし出した日本の急所を、「恐怖の話」ではなく「構造の話」として読み解きます〜
◆はじめに 現場から届いた、同じ問い
2026年に入って最初の数日、私のところに届くメッセージが少しだけ増えました。東南アジアの取引先、国内の中堅メーカーの調達担当の方、そして昔の同僚。みなさん言い回しは違うのですが、聞きたいことはほとんど同じでした。
・ 「うちの製品、レアアース、結局どこから来てるんだっけ?」
・ 「いまの在庫、あと何ヶ月もつ?」
・ 「設計を変えられる余地は、どこにある?」
きっかけは、2026年1月6日です。中国の商務部が、軍民両用(デュアルユース)品目の対日輸出管理を強化する公告を発表し、即日で施行されました。台湾有事をめぐる高市早苗首相の国会答弁に中国が反発を強めたことが背景だと報じられています。ここで政治の良し悪しを論じるつもりはありません。私が現場で見てきたのは、もっと手前の、もっと地味な「構造」の話でした。
◆この連載で、私がやりたいこと
最初にお断りしておきます。これは「中国が怖い」という煽りの話ではありません。むしろ逆で、できるだけ冷静に、設計図を書き直すための話です。
・ ✕ 恐怖の話:「明日にも工場が止まる」「日本はもう終わりだ」
・ 〇 構造の話:「どこに、どれだけ依存していて、何を変えれば動けるのか」
私は大手ケミカルHDで機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発から工場設計、生産管理まで、30カ国以上の現場を見てきました。2014年11月の独立からは、株式会社DCTAとして、リサイクルやスマートファクトリーのお手伝いを国内外で続けています。その経験から申し上げると、今回の件は「資源の話」であると同時に、「ものづくりの設計思想の話」だと感じています。
何が起きたのか(事実だけを、静かに)
報道や各研究機関の試算をもとに、まず事実だけを並べます。数字には必ず出典をつけており、一覧は別添の資料に表としてまとめました。
【Prologue_図表.pdf
P1ページ「主要データ・出典一覧」参照】
※採掘より「精製の集中」が本当のボトルネックである点が、今回の構造を読み解く鍵になります。
タイトルの問い「あなたのモーターは、あと何個つくれますか」
この連載の通奏低音になる問いです。大げさに聞こえるかもしれませんが、現場ではとても具体的な問いです。
・ モーターが回るのは、強力な永久磁石があるから。
・ その磁石が高温でも力を失わないのは、ジスプロシウムやテルビウムといった重希土類が入っているから。
・ そして、その重希土類は、ほぼ全量を中国経由で調達している。
つまりこの問いは、「いまの在庫と調達ルートで、あと何ヶ月・何個分の磁石を確保できますか」という、極めて実務的な問いに置き換わります。ここで言葉に詰まってしまうとしたら、それは恥ずかしいことではなく、ほとんどの日本企業に共通する「急所」だと思っています。
【Prologue_図表.pdf
P2ページ「レアアース・サプライチェーンの『急所』」参照】
もう一つの主役、「都市鉱山」
ここからが、私がいちばんお伝えしたいところです。今回の危機には、静かに動き始めたもう一つの主役がいます。「都市鉱山」、つまり使用済みの製品の中に眠っている金属です。
・ 政府は2026年度予算案で、重要鉱物のリサイクル促進費として379億円を計上しました。前年度当初比で約6割の増額で、回収品の保管・解体・再生材製造といったサプライチェーン整備を支援します。
・ さらに、2030年までに官民あわせて約1兆円の投資を目指す行動計画も公表されました。
・ 永久磁石については、原料となるレアアースの約3割を再生材でまかなう目標が掲げられています。
これまで「環境保護」や「もったいない」の文脈で語られてきたリサイクルが、いまや「経済安全保障」と「第2の鉱山」という言葉で語られ始めました。私はこの十数年、まさに「捨てられるものを資源に戻す」仕事を国内外でお手伝いしてきました。正直に言えば、ようやく時代のほうが追いついてきた、という感覚もあります。ただ、過度な期待も禁物です。回収にも分離にも、技術・時間・コストの壁があります。そのあたりも、連載のなかで正直にお話ししていきます。
この連載の歩き方(全10話の地図)
Prologueの最後に、これからの道のりをご案内します。難しい順番ではなく、「現場で動ける順番」に並べたつもりです。
・ 第1話:レアアースとは何か。17元素の役割を10分で整理します。
・ 第2話:なぜ中国一極なのか。採掘ではなく「精製9割」という本当のボトルネック。
・ 第3話:2026年対日規制の全体像。許可制・軍民両用・域外適用という三重の網。
・ 第4話:止まると何が起きるか。業種別の経済損失シミュレーション。
・ 第5話:都市鉱山という「第2の鉱山」。製品の中に眠る世界有数の埋蔵量。
・ 第6話:回収技術の最前線。使用済みモーター・電子機器・EV電池から取り戻す。
・ 第7話:南鳥島レアアース泥と深海資源。国家プロジェクトの実力と時間軸。
・ 第8話:フレンドショアリング。豪州・カナダ・ベトナムとの調達多様化の現実。
・ 第9話:中小製造業の自社診断。「どの元素を、どこから」を可視化する手順。
・ 第10話:2030年の資源地図。採掘・精製・リサイクル・代替素材の四位一体。
・ Epilogue:「制約が、技術立国の原点に戻してくれる」というお話で締めます。
おわりに(Prologueとして)
【Prologue_図表.pdf
P3ページ「『危機』を『第2の鉱山』へ」参照】
最後に、これは脅しでも予言でもありません。私はトライアスロンやウルトラマラソンが趣味なのですが、長い距離を走るときに大事なのは、いきなり全力で飛ばすことではなく、コースの全体像を頭に入れて、自分の脚と相談しながら配分することだと感じています。今回のレアアースの話も、まったく同じだと思っています。
・ まず、自社が「どの元素に、どれだけ、どこから」依存しているかを知ること。
・ 次に、在庫・設計・調達先の三つで、動ける余地をつくること。
・ そして、リサイクルや代替素材という「第2の鉱山」を、長期の足腰として育てること。
次回の第1話から、その地図を一枚ずつ広げていきます。最後までお付き合いいただけたら、とても嬉しいです。
◆引用文献・参考資料
・ 日本経済新聞「中国、軍民両用物資の対日輸出規制を強化 レアアース含むとの指摘も」(2026年1月6日)
・ Bloomberg「中国、軍民両用品の対日輸出規制を強化-レアアースも対象との報道」(2026年1月6日)
・ ジェトロ(JETRO)「中国のレアアース輸出管理(1)日本への磁石輸出に大きな影響」(2026年)
・ 一般社団法人 日本金融経済研究所(馬渕磨理子)「中国の対日レアアース輸出規制―経済安全保障の構造的脆弱性とサプライチェーン再構築の課題―」(2026年1月7日)
・ 野村総合研究所(木内登英)「中国が日本にレアアース輸出規制を導入した場合の経済損失」(2025年11月28日)
・ 日本総研(三浦有史)「中国によるレアアース輸出規制の行方」(2025年12月25日)
・ 日本経済新聞「重要鉱物リサイクル促進へ379億円 環境省、26年度予算案」(2025年12月23日)
・ 毎日新聞「重要金属のリサイクル推進へ1兆円投資 政府が行動計画を公表」(2026年4月21日)
・ 第一生命経済研究所(嶌峰義清)「レアアースの中国依存脱却に世界は結託へ」
◆著者プロフィール
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/
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