脱ナフサ時代の製造業生存戦略【Epilogue】ホルムズ封鎖は、日本へのラブレターだった

◆はじめに

いつものように、早朝の湘南の海から、この最終回を書き始めています。まだ人のいない波打ち際に立って水平線を眺めていると、頭の中がすっと静かになり、ふしぎと言葉が浮かんできます。長く続けてきたこの連載も、いよいよ最後の一話です。少しだけ、肩の力を抜いて、これまで書いてきた理屈の話から離れて、私の正直な思いをお伝えできればと思います。

この連載は、ホルムズ海峡をめぐる地政学リスク、いわば「ホルムズ封鎖」という不穏な言葉から始まりました。あのとき私は、これは日本の製造業にとって大きな脅威だと感じ、警鐘のつもりで筆をとりました。けれども、12話を書き終えたいま、海を眺めながら、まったく違うことを思っています。あれは、脅威ではなく、日本への一通のラブレターだったのではないか。最終回は、その話をさせてください。

1. もう一度、海から

1-1 湘南の波打ち際で

私は、世界の30カ国以上で工場を立ち上げ、運営に関わってきました。砂漠の真ん中のプラントも、熱帯のジャングルに囲まれた工場も、極寒の地の現場も見てきました。それでも、不思議なもので、いちばん深く考えごとができるのは、この湘南の海なのです。早朝、サーフボードの上に座って沖に出て、ふと陸地を振り返る。その瞬間に、自分がどこから来て、どこへ向かっているのかが、すっと見えてくる気がします。

製造業も、同じだと思うのです。日々の生産に追われていると、自分たちがどこに立っているのかが見えにくくなります。一度、現場という陸地から少し離れて、沖から眺めてみる。そうすると、いままで当たり前だと思っていた風景が、まったく違って見えてくることがあります。この連載は、ある意味で、皆さまと一緒に沖まで漕ぎ出して、日本の製造業を眺め直す旅だったのかもしれません。

1-2 あの問いから、ここまで来ました

振り返れば、長い旅でした。アジアの脱ナフサ戦略から始まり、素材の再設計が競争優位を生むこと、スマートファクトリーとエネルギー管理が効率化と脱炭素を同時に進めること、経営者が原料・エネルギー・市場を問い直すこと、日本の静脈産業を世界へ輸出すること、そして2035年に向けた5つの転換シナリオまで。ずいぶん遠くまで漕いできたものだと、自分でも思います。

一つひとつは、技術や経営の具体的な話でした。けれども、その底に流れていた問いは、実はずっと同じだったのです。「日本の製造業は、これからどう生きていくのか」。最終回では、その問いに、理屈ではなく、私の思いで答えてみたいと思います。少し熱くなってしまうかもしれませんが、どうかお付き合いください。

2. ホルムズ封鎖が、突きつけたもの

2-1 私たちは、ずっと「借りもの」で生きてきました

正直に申し上げると、ホルムズ海峡のニュースに触れたとき、私は背筋が寒くなりました。日本という国は、原料もエネルギーも、その多くを海の向こうから運んでくることで成り立っています。ナフサも、原油も、天然ガスも、レアメタルも。私たちが享受してきた豊かさは、たどっていけば、誰かから借りてきた土台の上に築かれていたのです。

その細い細い海の道のどこか一か所が断たれるだけで、日本のものづくりは立ち行かなくなる。あらためてその事実を突きつけられたとき、私は自分が長年関わってきた製造業の足元が、思っていたよりずっと脆いものだったのだと、痛感しました。これは、見て見ぬふりをしてきた現実が、表に引きずり出された瞬間でした。

2-2 脆弱性は、隠すべき弱点だったのでしょうか

私たちは長いあいだ、この脆弱性を、できれば見たくない弱点として扱ってきたように思います。資源がないことは恥ずかしいことでも、不利なことでもあるかのように。だから、安く安定した原料が手に入るうちは、その前提を疑わずに、上手に回していくことを良しとしてきました。

けれども、海を眺めながら、私はふと思ったのです。弱さを直視することは、本当にそんなに後ろ向きなことなのだろうか、と。自分の弱さを正面から見つめられる人ほど、強くなれる。それは、現場の人づくりでも、自分自身の人生でも、何度も実感してきたことでした。国も、産業も、きっと同じなのではないでしょうか。

3. それは、ラブレターでした

3-1 厳しい手紙ほど、深い思いから書かれます

ラブレターというと、甘くて優しい言葉ばかりを思い浮かべるかもしれません。けれども、本当に相手のことを大切に思っているとき、人はときに、厳しいことを書きます。あなたには、もっとできるはずだ。そのままではもったいない。本当の自分から目をそらさないでほしい。そういう言葉は、無関心からは決して生まれません。深く思っているからこそ、書けるのです。

ホルムズ封鎖という出来事を、私はいまそんなふうに受け止めています。それは日本に向かって、こう問いかけてきたのだと思うのです。「あなたは、いつまで借りものの上に立っているのですか。あなたには、本当はもっと違う生き方ができるのではないですか」と。耳の痛い問いです。けれども、それは日本を見限った言葉ではなく、むしろ、日本にこそ期待しているからこその問いかけだったのではないか。そう思えてならないのです。

ホルムズ封鎖は、日本へのラブレターだった。

3-2 「変わる理由」を持っているのは、誰でしょうか

ここで、少し逆説めいたことを申し上げます。資源が豊かな国は、実は、変わる理由をあまり持っていません。地面を掘れば富が出てくるなら、わざわざ苦労して仕組みを変えようとは思わないものです。変わらなくても、当面は困らないからです。

では、変わる理由を最も強く持っているのは、どこの国でしょうか。それは、資源を持たない国です。借りものの上に立っているからこそ、その土台が揺らいだとき、本気で自分たちのあり方を問い直さざるを得ない。つまり日本は、その脆弱性ゆえに、世界でもっとも「変わる理由」を持った国なのです。そして私は、変わる理由を持っている者だけが、本当に変わることができると信じています。脆弱性は、変わる動機であり、変われる力でもあるのです。

4. 日本が、ほんとうに持っていた強み

4-1 資源ではなく、知恵で勝ってきました

では、借りものを取り払ったあとに、日本に何が残るのか。私は、はっきりとした答えを持っています。それは、知恵と、手の力です。戦後の日本は、資源のない国でありながら、原料を輸入し、知恵と技術で価値を上乗せして、世界に送り出すことで立ち上がってきました。資源で勝ったのではなく、加工と工夫で勝ってきたのです。

私が前職の大手ケミカルHDで機能性樹脂に向き合っていたときも、まさにそうでした。ただの樹脂に、配合と加工と現場の工夫を重ねて、世界のどこにもない性能を引き出す。その一連の営みの中に、日本のものづくりの本質が詰まっていると感じていました。原料そのものではなく、それをどう活かすかという知恵。これこそ、借りものでは決してない、私たち自身の強みです。

4-2 「もったいない」は、循環経済の母語です

もうひとつ、私が誇りに思っている日本の強みがあります。「もったいない」という、あの言葉です。物を粗末にしない、使えるものは最後まで使い切る、捨てる前にもう一度活かす道を考える。これは、いまや世界が目標に掲げる循環経済(サーキュラーエコノミー)の考え方そのものです。世界が新しい理念として学ぼうとしているものを、日本は古くから生活の文化として持っていたのです。

第11話でお話しした静脈産業も、もとをたどればこの文化から生まれたものだと、私は思っています。資源がないからこそ、集めて、選り分けて、もう一度資源に戻す。その営みを、苦労しながら磨いてきた。私たちは「もったいない」を母語として話せる、数少ない国民なのです。これは、これからの世界で、とてつもなく大きな強みになります。

4-3 現場力という、目に見えない資産があります

そして、忘れてはならないのが、現場力です。決められたことをただ守るのではなく、自分たちで考え、少しずつ改善し、隣の工程と擦り合わせ、誰かが見ていなくても手を抜かない。こうした現場の力は、決算書のどこにも載りません。けれども、私が世界中の工場を見てきたなかで、日本の現場が持つこの底力は、まちがいなく世界に誇れる資産だと断言できます。

第9話でお話ししたスマートファクトリーも、デジタルやAIだけで成り立つものではありません。その土台には、必ず現場力があります。現場の知恵とデジタルの力がかけ合わさったとき、はじめて本当の競争力が生まれる。私はそう信じています。借りものの資源を取り払っても、知恵と、もったいないの心と、現場力。日本には、これだけのものが、たしかに残るのです。

5. 危機を、設計図の書き直しに変える

5-1 つぎはぎではなく、描き直すのです

危機に直面したとき、人や組織がとる道は、大きく2つに分かれます。ひとつは、応急処置です。穴があいたところに、とりあえずつぎはぎをあてて、なんとかしのぐ。もうひとつは、そもそもの設計図を描き直すことです。建物に何度も同じ場所から雨漏りするなら、つぎはぎを繰り返すより、屋根の設計を見直すほうが、結局は早い。

脱ナフサ時代の課題は、つぎはぎでは越えられないと、私は思っています。原料の問題も、エネルギーの問題も、市場の問題も、別々に手を打つだけでは、根本は変わりません。原料を、エネルギーを、リサイクルを、規制への向き合い方を、そして世界との関わり方を、ひとつの大きな設計図として描き直すこと。それが、この時代に求められている本当の仕事です。危機は、つらいけれど、ふだんなら手をつけられない設計図を、堂々と描き直せる数少ない機会でもあるのです。

危機を、設計図の書き直しに変えられるか。

5-2 この連載は、その下書きでした

そう考えると、この12話の連載は、設計図そのものではなく、設計図を描き直すための「下書き」だったのだと思います。私が示したのは、あくまで一つの見取り図にすぎません。完成図ではありません。本当の設計図は、読んでくださった皆さまが、それぞれの会社で、それぞれの現場で、自分の手で描くものです。

私の役割は、白い紙を前にして手が止まっている方の隣に座り、「まずこのあたりから描いてみませんか」と、鉛筆をそっと差し出すことだと思っています。描くのは、あくまであなたです。けれども、一人で描くより、少しは心強くなっていただけたなら、この連載を書いた意味があったと思えます。

6. それでも、私が現場にこだわる理由

6-1 30カ国をまわって、湘南に還ってきました

ここで、少しだけ私自身の話をさせてください。私は2014年11月に独立して株式会社DCTAを立ち上げるまで、そしてその後も、世界の30カ国以上のものづくりの現場に身を置いてきました。文化も、言葉も、宗教も、商習慣もまるで違う土地で、それでも工場という同じ場所で、人々が汗を流していました。そのどこへ行っても、私は同じものを感じてきたのです。

良いものをつくりたい、という人間の、まっすぐな思い。国がどこであろうと、現場で手を動かす人たちの目には、共通の光が宿っていました。世界中をまわって、最後に私が還ってきたのが、この湘南です。世界を見たからこそ、日本の現場の良さが、痛いほどよくわかるようになりました。遠回りをして、ようやく足元の宝物に気づいた、という感覚です。

6-2 ものづくりの現場には、希望があります

いま、製造業をめぐる話には、暗いものが多いかもしれません。コストが上がる、規制が厳しくなる、人手が足りない、海外との競争が激しい。どれも、まぎれもない現実です。私自身、コンサルティングの現場で、経営者の方々の悩みを毎日のように伺っています。

それでも、私は希望を捨てていません。なぜなら、現場に行くと、いつもそこに希望があるからです。教科書には載っていない知恵があり、まじめに手を動かす人たちがいて、自分の仕事に静かな誇りを持つ職人がいる。この人たちがいるかぎり、日本のものづくりは終わらない。心からそう思っています。私が現場にこだわり続けるのは、そこにしか、本物の希望がないことを、知っているからです。

7. あなたへ、最後の手紙

7-1 経営者へ、現場の一人ひとりへ、次の世代へ

最終回の終わりに、画面の向こうのあなたへ、私からも手紙を書かせてください。

経営者の方へ。どうか、地図を描く勇気を持ってください。完璧な計画ができるのを待つ必要はありません。方向感を持って、小さく一歩を踏み出すこと。その背中を、現場は必ず見ています。あなたが描いた地図が、何百人もの未来を照らします。

現場で手を動かす一人ひとりの方へ。あなたの日々の工夫や、当たり前にやっている改善は、決して当たり前ではありません。それは、世界に誇れる宝物です。どうか、自分の仕事を、誇りに思ってください。あなたの手の中に、日本の未来があります。

そして、これからのものづくりを担う、次の世代へ。製造業は、決して古い産業ではありません。むしろ、脱炭素も、資源循環も、デジタルも、これからの世界の大きな課題のすべてが、ものづくりの現場で解かれていきます。こんなにおもしろくて、こんなに意味のある仕事は、そうそうありません。どうか、おそれずに、この世界に飛び込んできてください。

7-2 ふたたび、海を見て

書き終えて、もう一度、海を見ます。水平線の向こうから、原料を、エネルギーを、運んでくれる船。私たちは、たしかに借りものの上で生きてきました。けれども、これからは違います。借りた土台の上で、ただ受け取るのではなく、知恵と、もったいないの心と、現場力で、自分たちの未来を自分たちの手で描いていく。その出発点に、私たちはいま、立っているのだと思います。

ホルムズ封鎖は、日本へのラブレターでした。厳しくも、深い期待のこもった一通の手紙でした。その手紙に、返事を書くのは、ほかの誰でもありません。私たち自身です。設計図を描き直し、自分たちの足で立つという返事を、これから一緒に書いていきましょう。

返事を書くのは、私たちです。

長い連載に、最後までお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました。理屈っぽい回もあれば、熱くなりすぎた回もあったかもしれません。それでも、ここまで読んでくださったあなたとは、もう一度、どこかの現場でお会いできるような気がしています。そのときは、ぜひ、あなたの描いた地図を見せてください。私も、自分の地図を持って、湘南からまた漕ぎ出していきます。それでは、また、現場で。

連載の歩み(全12話+Epilogue)

タイトル・テーマ
Prologue:
ホルムズ封鎖という問いから、連載が始まりました
第1〜6話:脱ナフサ時代の地図を、多面的に描いてきました
第7話:中国・インド・東南アジアの脱ナフサ戦略
第8話:素材の再設計が競争優位を生む
第9話:スマートファクトリーとエネルギー管理
第10話:経営者が今すぐ問うべき3つの問い
第11話:日本の静脈産業を世界へ輸出する
第12話:脱ナフサ後の製造業地図(5つの転換シナリオ)
Epilogue:ホルムズ封鎖は、日本へのラブレターだった(本稿)

◆著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞 2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/

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