製造業が再エネを「他人事」にしてきた理由
はじめに 2026年5月、いま現場で起きていること
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランを攻撃しました。
それから2か月余りが経過した今、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態が続いており、タンカーの通航数は停戦合意後も1日数隻という極端な低水準にとどまっています。
日本のナフサ価格は戦争開始以来60%超の高騰を見せ、5月分の石油確保は約60%にめどがついたとされる一方、ナフサ・石化原料・LNGはそれぞれ独立した調達網を持つため、依然として供給不安は解消されていません。
三井化学・三菱ケミカル・出光興産といった大手化学企業はエチレン設備の減産に踏み切り、5月下旬からはポリ袋など石化製品の30%値上げが予告されています。
ここまでが、「ナフサ・ショック」の連載で書き続けてきた現実です。
そして、現場でわたしがもっとも強く感じているのは、こういうことなのです。
「ナフサが止まると、工場が止まる」。この当たり前を、わたしたちは思い知らされました。
では、もう一つの当たり前、「電気が止まれば、工場は何もできない」ということを、わたしたちはどれだけ真剣に考えてきたでしょうか。
ナフサ・ショックは「原料の話」でした。
これから始める話しは、その双子のような問題、すなわち「エネルギーの話」です。
原料とエネルギーは、製造業の両輪です。片方が揺らげば、もう片方も必ず揺らぎます。
この連載では、製造業の現場目線で、再生可能エネルギーを「建前」ではなく「本音」で語っていきたいと思います。
第一章 なぜ「再エネは他人事」になってきたのか
「電気はあって当たり前」という思い込み
製造業の現場で30年以上仕事をしてきて、強く感じてきたことがあります。
「電気は、来るのが当たり前」という前提が、あまりにも長く続きすぎた。
工場の経営者・工場長・生産技術の方々と話していると、原料の話題は熱心に出てきます。
「あの原料が高騰した」「あの原料の供給が不安だ」「代替原料を探さないといけない」、こうした話は日常茶飯事です。
ところが、電気の話となると、急に温度が下がります。
「電気代が上がって困る」という話は出ても、「電気の調達戦略を見直そう」「再エネ比率を上げよう」という議論には、なかなか発展しません。
なぜでしょうか。
わたしは、3つの「思い込み」が、製造業の経営者の中に染み付いていたからだと考えています。
思い込み①:電気は、いつでも、どこでも、同じ品質で来る
思い込み②:電気代は、自分でコントロールできない
思い込み③:再エネは、CSRとかESGとか、「いい人ぶる」ためのもの
この3つの思い込みが、製造業の経営者を「再エネは他人事」という心理状態に押し込めてきました。
そして、2026年5月の今、この3つの思い込みは、すべて崩れつつあります。
思い込み①の崩壊:「電気の品質」が問われる時代
2018年9月の北海道胆振東部地震、2022年3月の福島県沖地震など、近年、日本の電力供給は何度も「ブラックアウト」や「需給ひっ迫警報」を経験してきました。
そして今、ホルムズ海峡封鎖でLNG調達が不安定化し、火力発電の燃料リスクが顕在化しています。
天然ガス価格は高止まりし、電力卸価格も乱高下しています。
資源エネルギー庁のデータでは、日本の電源構成における火力発電比率は依然として約65〜69%を占めており、その大半が輸入化石燃料に依存している構造です。
つまり、ホルムズ封鎖が長引けば、ナフサだけでなく、電気代もまた、じわじわと上がっていくということなのです。
「電気は、いつでも、どこでも、同じ品質で来る」という前提は、もはや成り立ちません。
思い込み②の崩壊:「電気代はコントロールできない」は本当か
製造業のコスト構造を、もう一度見直してみましょう。
中堅製造業では、製造原価に占めるエネルギーコストが10〜30%に達するケースも少なくありません。
鉄鋼・化学・セメント・ガラス・紙パルプといったエネルギー多消費型産業では、その比率はさらに高くなります。
そして今、CBAM(EU炭素国境調整メカニズム)、SBT(科学的根拠に基づく目標設定)、RE100(事業活動に必要な電力を100%再エネで賄うイニシアチブ)といった国際的な要請が、サプライチェーン全体に波及してきています。
CBAMは2026年1月に本格稼働を開始しており、対象はセメント・鉄鋼・アルミニウム・肥料・水素・電力の6分野です。
そして将来的には、化学品・プラスチック・自動車部品といった広範な分野への拡大が議論されています。
つまり、「電気代」という単純なコストではなく、「電気の出所」が、輸出競争力そのものを左右する時代に入ったということです。
「電気代はコントロールできない」という思い込みは、もう通用しません。
「どこの電気を、どのように調達するか」。これが、次の10年の競争を決める設計判断になりつつあります。
思い込み③の崩壊:「再エネはCSRではない」
「再エネは、CSRやESGの話だから、収益とは別」。この見方が、もっとも根深い思い込みです。
ところが、現実は逆方向に動いています。
たとえば、信越化学工業のような企業を見てみましょう。
信越化学は米国でエタンを原料とする塩ビ事業を展開しており、ナフサ価格の高騰で日本の化学産業が苦しむなか、逆に利益率を拡大させています。
「原料の多様化」と「エネルギー源の多様化」を、戦略的に結びつけてきた企業の典型例です。
一方、欧州のBASFやドイツの化学産業は、高騰するエネルギーコストに耐えかね、生産拠点の縮小・移管を進めています。
「再エネをどう調達するか」が、文字通り、企業の存続を左右する経営判断になっているのです。
製造業にとって、再エネはもはや「いい人ぶる」ための飾りではありません。
コスト構造の中核に位置する、戦略的な経営課題です。
第二章 日本の再エネ、現在地はどこか
数字で見る、日本の電源構成
2023年度の日本の電源構成を、整理してみます。
●火力発電:約68〜69%(LNG 32.9%、石炭 28.5%、石油等 7.3%)
●再生可能エネルギー:約22.9%(太陽光 9.8%、水力 7.6%、バイオマス 4.1%、風力 1.1%、地熱 0.3%)
●原子力発電:約8.5%
東日本大震災以降、はじめて非化石燃料による発電割合が30%を超えました。
これは確かに、進歩です。
しかし、欧州主要国と比較すると、日本の再エネ比率はまだ低水準にあります。
主要国の再エネ比率(2022年度、水力を除く)
●ドイツ:40.7%
●英国:40.2%
●EU全体:28.8%
●日本:約15%(水力を除く)
「G7最低水準」と言われてきた日本の再エネ比率は、ここ数年で改善傾向にあるとはいえ、欧州主要国とは依然として大きな差があります。
政策目標と現実のギャップ
第6次エネルギー基本計画では、2030年度の再エネ比率を36〜38%とする目標が掲げられています。
これは現状(約23%)から、わずか数年で15ポイント近く引き上げるという、極めて野心的な目標です。
そして、2026年度から本格稼働するGX-ETS(排出量取引制度)は、この目標達成のための「金融的な圧力」として機能し始めています。
排出枠の取引、炭素価格の市場化。これにより、化石燃料を多用する企業は、コスト面での明確な不利を被るようになります。
つまり、日本の製造業の経営者にとって、「再エネを増やす」ことは、もはや「努力目標」ではなく、「経営の必修科目」になったということです。
製造業の現場で起きている変化
ここ1〜2年、わたしがコンサルティングで関わっている製造業の現場で、明らかに変化が起きています。
●大手顧客からの「再エネ電力使用証明」の要求が急増。トヨタ、ソニー、パナソニックなどの大手メーカーが、サプライヤーに対して再エネ調達を求めるようになりました。
●CFP(カーボンフットプリント)算定の義務化。製品ごとのCO2排出量の算定と開示が、輸出案件で当たり前に求められるようになっています。
●PPA(電力販売契約)の活用が広がる。オンサイトPPA、オフサイトPPA、コーポレートPPAといった、新しい再エネ調達の手法が、中堅製造業にも普及し始めています。
ところが、こうした変化に、まだ追いついていない企業が圧倒的多数です。
特に、中小製造業では、「うちには関係ない」と思っているうちに、サプライチェーンから外される。そんなリスクが現実化しつつあります。
第三章 ナフサ・ショックと再エネ、2つの危機が交差する場所
「原料の脱化石」と「エネルギーの脱化石」は同じ問題
ここで、前述「ナフサ・ショック」の議論と、本連載「再エネと製造業」の議論を、つなぎ直してみたいと思います。
ナフサ・ショックの本質は何だったでしょうか。
それは、「日本だけがナフサ95%依存」という、極端な単一原料依存の構造でした。
そして、その単一原料が中東という地政学的に不安定な地域に集中しているという、二重のリスクでした。
では、エネルギー問題の本質は何でしょうか。
それは、「日本だけが化石燃料70%依存」という、極端な単一エネルギー源依存の構造です。
そして、そのエネルギー源もまた、中東・ロシア・オーストラリアといった地政学的リスクのある地域に依存しているという、二重のリスクです。
つまり、ナフサとエネルギーは、別々の問題に見えて、実は同じ「化石燃料依存」という根っこを共有しているのです。
「原料の電化」「エネルギーの電化」、そして「電気の脱化石」
製造業の脱炭素ロードマップを、もう一度整理してみます。
ステップ1:原料の脱化石化
●バイオマス原料への転換
●ケミカルリサイクルによる廃プラスチック原料化
●CO2由来化学品(CCU)の活用
ステップ2:エネルギーの電化
●工業炉の電気化(電気炉、誘導加熱)
●ヒートポンプによる中低温熱の電化
●電気ボイラーの導入
ステップ3:電気の脱化石化
●再エネ電力の調達(PPA、自家発電)
●グリーン水素・グリーンアンモニアの利用
●系統電力の脱炭素化
この3つのステップは、単独では機能しません。
たとえば、ステップ2で「電化」を進めても、ステップ3で「電気の脱化石化」が進まなければ、CO2削減効果は限定的になります。
逆に、ステップ3で再エネを調達しても、ステップ2で電化が進まなければ、製造プロセスの脱炭素は中途半端に終わります。
ホルムズ封鎖が突きつけた「3つの脆弱性」
2026年2月のホルムズ封鎖は、日本の製造業の3つの脆弱性を、一度に露わにしました。
●脆弱性①:原料の脆弱性。ナフサ95%依存、国家備蓄なし、民間在庫20日分
●脆弱性②:エネルギーの脆弱性。化石燃料70%依存、LNG輸入の中東依存、電力コスト乱高下
●脆弱性③:再エネ調達の脆弱性。G7最低水準、PPA市場の未成熟、グリーン水素は実証段階
これら3つの脆弱性は、それぞれ独立しているように見えて、実は深く絡み合っています。
ナフサが止まれば、化学産業が止まり、雇用とGDPが直撃を受けます。
電力が不安定化すれば、工場が動かなくなります。
再エネが調達できなければ、輸出競争力を失います。
「原料」「エネルギー」「電気の出所」。この3つを、別々の問題として扱っていては、もう間に合いません。
3つを統合した「製造業の生存戦略」として、再設計する必要があるのです。
第四章 なぜ、いま、再エネを語るのか
「予言」ではなく「現実」になった、サバイバル・サプライチェーン
「サバイバル・サプライチェーン」連載で、わたしは2026年の地政学リスクを警告してきました。
そして、ホルムズ封鎖は、その警告が現実になった瞬間でした。
「製造現場の賢者たち」連載では、現場の知恵から日本のものづくりの強さを掘り下げてきました。
そして今、わたしが書きたいのは、「危機が現実になった後、わたしたちは何を選び、何を設計するか」という問いへの答えです。
●ナフサ・ショックは、原料の話。
●リサイクルは、循環の話。
●そして、再エネは、エネルギーの話。
これら3つは、別々の連載に見えるかもしれませんが、わたしの中では、ひとつながりの「日本の製造業の再設計」というストーリーです。
連載のスタンス:「建前」ではなく「本音」で
この連載で、わたしが最も大切にしたいのは、「建前ではなく本音で語る」というスタンスです。
「2050年カーボンニュートラル」という建前と、「電気代が高くて生産が回らない」という本音。
「RE100は重要だ」という建前と、「再エネ電力の実物が手に入らない」という本音。
「グリーン水素が未来のエネルギーだ」という建前と、「2030年に間に合うのか分からない」という本音。
製造業の現場には、こうした「建前と本音のギャップ」が、いたるところに存在します。
このギャップを、「現場目線」で正直に整理し、「では、どうするか」という具体的な答えを探していきたいと思います。
連載の構成:10話+エピローグで読み解く再エネ
本連載は、Prologueに続く全10話+Epilogueの構成で、再エネと製造業の現実を多角的に解剖していきます。
●第1話 再エネの基礎、太陽光・風力・地熱・水力・バイオマス、製造業に向くのはどれか
●第2話 日本の再エネの現在地、「G7最低水準」から抜け出せるか
●第3話 欧州の再エネ戦略、工場への直接調達とPPAの実態
●第4話 米国のエネルギー転換、シェール革命から再エネへの複雑な移行
●第5話 東南アジアの再エネポテンシャル、製造拠点の電力調達戦略を変える
●第6話 水素・アンモニア・合成燃料、製造業の脱炭素を支える「エネルギーキャリア」の現実
●第7話 工場の電化、「熱プロセス」の壁をどう越えるか
●第8話 RE100・SBT・CBAM、サプライチェーン再エネ要求の波が製造業を直撃する
●第9話 エネルギーコスト競争力の設計、再エネを「コスト」から「武器」に変える
●第10話 2035年のエネルギー地図、製造業が今から備えること
●Epilogue 「エネルギーを制する者が、製造業を制する」
各話を、現場の事例と最新データを織り交ぜながら、できるだけ平易な言葉で語っていきたいと思います。
第五章 現場からの3つの問いかけ
連載を始めるにあたって、読者のみなさんに、3つの問いを投げかけたいと思います。
問い① 「あなたの工場の電気代は、5年後どうなっていますか」
電気代は、これから上がるのか、下がるのか。
化石燃料の価格は、地政学リスクで乱高下が続いています。
GX-ETSの本格稼働で、炭素コストが上乗せされていきます。
一方、再エネの発電コストは、世界的に低下傾向にあります。
この交差点で、あなたの工場の電気代は、どう動くでしょうか。
もし「上がる」と予測するのであれば、何をすべきでしょうか。
もし「下がる」と楽観するのであれば、その根拠は何でしょうか。
問い② 「あなたの顧客は、5年後も同じ電源を許容してくれますか」
CBAMは2026年に本格稼働しました。
RE100加盟企業は、サプライヤーに対して再エネ調達を要求するようになっています。
SBT認定を受ける企業は、スコープ3の排出量削減を進めています。
あなたの顧客は、5年後、あなたの工場の電気が「化石燃料由来」であることを、許容してくれるでしょうか。
許容してくれない場合、あなたは取引から外される可能性があります。
それは、いつ起きるでしょうか。
問い③ 「あなたの工場は、再エネを『使いこなせる』設計になっていますか」
太陽光や風力は、間欠性電源です。
昼は発電するが夜は発電しない。風の強い日は発電するが弱い日は発電しない。
そういう「不安定なエネルギー」を、製造プロセスの中でどう吸収するか。これは、技術的な設計問題です。
蓄電池、デマンドレスポンス、生産スケジュールの柔軟化。
こうした「再エネを使いこなす設計」が、あなたの工場にはあるでしょうか。
ないとすれば、いつ、どうやって、整えていきますか。
おわりに 次回予告
次回の第1話では、「再エネの基礎」として、太陽光・風力・地熱・水力・バイオマスのそれぞれが、製造業にとってどんな意味を持つのかを整理します。
「電源種ごとの特性・コスト・安定性・立地制約」、これらの基礎知識を、現場目線でかみ砕いて解説します。
「間欠性電源と製造業の相性」という、もっとも実務的で、もっとも誤解されがちな問いに、できるだけ正直に答えていきたいと思います。
ホルムズ封鎖の影が長く伸びる2026年5月、製造業の足元から、再エネを問い直しましょう。
それでは、次回でお会いしましょう。
引用文献・参考資料
●資源エネルギー庁「令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績を取りまとめました(速報)」(2025年4月公表)
●資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの主力電源化について」(2025年11月12日資料)
●経済産業省「第6次エネルギー基本計画」
●日本エネルギー経済研究所(IEEJ)「2026年度の日本の経済・エネルギー需給見通し」(2025年12月19日)
●日本経済新聞「ホルムズ海峡封鎖、生活への影響は?」(2026年4月24日/5月1日更新)
●JBpress「早ければ2026年4〜6月期、遅くとも7〜9月期には生産活動に下振れ圧力」(2026年4月)
●Global SCM「ホルムズ海峡危機:情勢と実務リスク」(2026年4月13日/4月28日/5月7日更新)
●Reuters「日本の主要化学メーカーのエチレン設備減産動向」(2026年4月)
●環境エネルギー政策研究所(ISEP)「2024年(暦年)の自然エネルギー電力の割合(速報)」
●欧州委員会「Carbon Border Adjustment Mechanism(CBAM)」関連公式資料
●RE100公式資料、SBTi公式資料
著者プロフィール
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD 2024 ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/
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