グローバルサウスで起きている資源循環革命 現場から見たアジアの逆転 【Prologue】世界の工場は、もう一度引っ越しを始めた

〜“廃棄物大国”が“循環大国”へ、東南アジアという製造業フロンティア〜

■はじめに

ジャカルタの郊外やバリ島で、山のように積み上がった廃棄物の前に立ったことがあります。むっとする熱気と、独特のにおい。その山の上を、サンダル履きの人たちが、ペットボトルや段ボールを器用に拾い集めて歩いていました。一方で、その同じ国に、世界中の名だたるメーカーが、最新の工場を次々と建てはじめています。光と影が、これほどくっきりと同居している場所も、なかなかありません。わたしが東南アジアに惹かれ続けている理由は、たぶん、この振れ幅の大きさにあります。

雲ではなく、ゴミから自然発火しています@バリ島

このシリーズを書こうと決めたのは、2026年のいまだからこそ、お伝えしたいことがあると感じたからです。世界の景色が、ずいぶんと変わってしまいました。中東のホルムズ海峡では、タンカーが止まり、原油やLNGの値段が跳ね上がっています。ニュースを見るたびに、気持ちが沈むような出来事が続いています。それでも、わたしが足を運んできた東南アジアの現場では、悲観だけではない、静かで、したたかな動きが起きていると感じています。本連載では、その「現場の温度」を、できるだけ数字とともにお伝えしていきたいと思います。

わたしは株式会社DCTAの代表をしております、畠山達彦と申します。前職は大手ケミカルHDで、プラスチックの素材開発から工場の設計、生産管理まで、30カ国を超える現場を歩いてきました。2014年11月に独立し、いまは製造業の環境規制対応や、資源循環ビジネスの立ち上げをお手伝いしています。専門家というよりは、現場で汗をかいてきた一人として、見たこと、感じたことを率直に綴ってまいります。どうか気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。

2026年、ホルムズ海峡で止まった「世界の大動脈」

まず、いまの世界がどんな状況に置かれているのか、少しだけ整理させてください。話の出発点が、ここにあると思うからです。

2026年2月末、米国とイスラエルによるイランへの大規模攻撃をきっかけに、ペルシャ湾とアラビア海をつなぐホルムズ海峡で、商船の通航が大きく制限される事態が続いています(出典:時事ドットコム、2026年)。
この海峡は、世界が消費する原油のおよそ2割が通る「エネルギーの大動脈」です。国際エネルギー機関(IEA)によりますと、2025年平均でホルムズ海峡を通過した原油・石油製品は日量およそ2,000万バレルにのぼり、世界の海上石油貿易の約25%に相当します。さらに、カタールやUAEから運ばれるLNGの多くもこの海峡を通り、世界のLNG貿易の約19%を占めるとされています(出典:IEA、2026年)。

数字だけ見ると遠い世界の話に思えるかもしれませんが、日本にとっては、けっして他人事ではありません。資源エネルギー庁によりますと、日本の原油の中東依存度は90%を超えており、そのほとんどがホルムズ海峡を経由しています(出典:資源エネルギー庁、2026年)。
海峡の安全が、そのまま日本のエネルギー供給に直結しているわけです。日本には2026年3月時点でおよそ8カ月分の石油備蓄があるとされ、すぐに燃料が枯渇する状況ではありません(出典:資源エネルギー庁、2026年)。
ただ、備蓄があることと、コストが上がらないことは別の話だと、わたしは現場で痛感しています。

実際、混乱の影響は、すでに私たちの暮らしや産業の足元に及んでいます。原油先物の価格は、紛争前は1バレル60ドル台でしたが、2026年4月上旬には112ドルを超える水準まで上昇しました(出典:時事ドットコム、2026年)。海峡を通る船の数も激減し、ロイターの船舶追跡データによれば、戦争前は1日125隻から140隻ほどが通航していたのに対し、直近では1日数隻まで落ち込んだと報じられています(出典:ロイター、2026年)。
世界銀行は、2026年のエネルギー価格が前年比で24%、肥料価格が31%上昇するとの見通しを示しています(出典:世界銀行、2026年)。
原油だけでなく、肥料やナフサ、アルミニウムにまで影響が広がるという指摘もあり、製造業の調達現場は、ひとつの品目だけを見ていては足をすくわれかねない状況です。

そして、わたしのいる製造業の現場に、もっとも重くのしかかっているのが、石油化学への波及です。プラスチックや合成繊維の出発原料となるエチレンについて、2026年2月から3月にかけての国内設備の稼働率は70%前後まで低下し、好不況の目安とされる90%を大きく下回る、記録的な低水準が続いていると報じられています(出典:グリラボ、2026年)。
食品トレーやラップフィルム、自動車部品、建材まで、私たちの生活を支える製品の多くが、この一本の海峡の向こうとつながっているのだと、あらためて思い知らされます。

厄介なのは、この影響が、時間差でやってくることです。まず市場価格と物流コストが動き、原材料費がじわじわ上がり、数か月遅れて電力・ガス料金や製品価格に波及していく。一般社団法人エネルギー情報センターは、この局面で日本企業が向き合うのは「コスト急増」と「需要減退」という二重のショックになりやすい、と整理しています(出典:エネルギー情報センター、2026年)。
さらに、米ダラス連銀が2026年4月に120社へ実施した調査では、海峡の通航が正常化する時期を「8月まで」と見る回答が39%、「11月まで」が26%、それ以降とする回答も14%にのぼりました。今後5年以内の再混乱について、48%が「非常にあり得る」と答えています(出典:ダラス連銀、2026年)。現場の専門家ほど、「再開したら元通り」ではなく、「再開後も高コスト構造が残る」と、慎重に見ているのです。

じつはこの「ホルムズ海峡が暴いた日本の急所」については、わたしは別の連載で、日本国内の側から繰り返し書いてきました。
連載「ナフサ・ショック 石油依存産業の終わりの始まり」
「脱ナフサ時代の製造業生存戦略」では、日本の石油化学が原料ナフサを中東に大きく依存し、その在庫が驚くほど薄いという構造的な弱さを取り上げました。原料が止まれば、工場が動いていても産業は立ち行かなくなる。この危うさは、いまも変わっていないと感じています。本連載は、その視点を「日本国内」から「海の向こうの現場」へ持ち出す、いわば実地編にあたります。よろしければ、あわせて読んでいただけたら、背景がより立体的に見えてくると思います。

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【Prologue図表ファイルのP2ページ
「ホルムズ海峡が世界とアジアに与える影響」参照】

それでも、東南アジアは「したたかに」前を向いている

ここまで読まれて、気持ちが重くなった方もいらっしゃるかもしれません。わたし自身も、現地の仲間と連絡を取り合うたびに、ため息が出るような場面が何度もありました。けれども、不思議なもので、こういう難しい局面にこそ、東南アジアの国々は、独特のしたたかさを見せるのです。

ひとつ、わたしが面白いと感じている見方をご紹介します。中東情勢が緊迫し、ナフサ(石油化学原料)の調達が不安定になればなるほど、「だったら、足元に転がっている廃棄物を、もう一度原料として使えないか」という発想が、現地でじわじわと現実味を帯びてくるのです。輸入に頼る原油やナフサが高く、不安定になるのなら、自分たちの国の中で回せる資源の価値が、相対的に上がっていきます。資源循環、つまりリサイクルは、きれいごとの環境活動である以前に、こうした「供給の不安」に対する、足元からの備えという顔を持ちはじめています。

これは、わたしが現場で何度も実感してきたことです。たとえば、原料価格が落ち着いているときには、「リサイクル材は割高で、品質も不安定だから」と敬遠されがちです。ところが、いったん輸入原料の値段が跳ね上がり、納期も読めなくなると、現地の経営者の目つきが変わります。「多少品質にばらつきがあっても、自国で安定して手に入る再生材のほうが、事業を止めずにすむ」。そういう、ごく実利的な計算が働きはじめるのです。危機をきっかけに、それまで見過ごされてきたものの価値が見直される。東南アジアの人たちは、この切り替えが、とても上手だと感じています。

そして、このしたたかさを支えているのが、それぞれの土地に根づいた文化です。インドネシアには「ゴトン・ロヨン」と呼ばれる、地域のみんなで助け合うという相互扶助の精神が、暮らしのなかに息づいています。日本の「もったいない」や「結(ゆい)」の感覚にも、どこか通じるものがあります。回収や分別という作業は、機械や制度だけで回るものではありません。最後は、ご近所どうしの声かけや、顔の見える信頼関係が、仕組みを動かします。だからこそ、その国の文化を軽んじて、日本のやり方をそのまま持ち込もうとすると、大抵うまくいかないのです。

本連載の通奏低音は、まさにここにあります。悲観的にならざるを得ない世界情勢のなかで、アジアの国々が、どのようにしてこの難局を切り抜け、Breakthroughしようとしているのか。その知恵を、それぞれの国の文化や風習も大事にしながら、ご一緒に見ていけたらと思っています。同じ「リサイクル」でも、国が変われば、回し方も、関わる人も、まるで違います。その違いの面白さこそ、この連載でいちばんお伝えしたいことかもしれません。

この連載は、これまでの「続き」でもあります

少しだけ、これまでの連載との関係をお話しさせてください。じつは本連載は、ぽつんと独立した読み物ではなく、わたしがここ数か月、書き続けてきた一連の連載の「続き」のような位置づけにあります。

「ナフサ・ショック」や「脱ナフサ時代の製造業生存戦略」では、ホルムズ海峡の混乱が日本の製造業に突きつけた弱さを論じました。「サバイバル・サプライチェーン」では、関税やPFAS規制、地政学リスクが同時に押し寄せるなかで、調達先を「選ぶ」発想から「育てる」発想へ切り替える必要性をお伝えしました。「リサイクルの真実」では、日本の高いリサイクル率の見かけの裏側を、欧州・米国・東南アジアの現場と比べながら問い直しました。「再生可能エネルギーと製造業」では、日本の再生可能エネルギー比率がG7のなかでも低い水準にとどまる現実に向き合いました。そして「都市鉱山という名の主権」では、レアアースの供給途絶を入口に、リサイクルを「第2の鉱山」として捉え直す視点を書きました。

これらに共通しているのは、「危機は、設計図を書き直す合図でもある」という考え方です。脱ナフサの連載の最終回で、わたしは「ホルムズ封鎖は、日本へのラブレターだった」という、少し大胆な言い方をしました。届かなくなって初めて、わたしたちは、何に頼りすぎていたのかに気づきます。痛みを伴う気づきですが、その気づきこそが、次の一手を考える出発点になります。本連載は、その「次の一手」を、日本の外、つまりグローバルサウスの現場で探していく試みです。これまでの連載とあわせてお読みいただくと、点が線になり、線が面になっていく感覚を味わっていただけるのではないかと思っています。

拠点が動くと、廃棄物も一緒に動く

なぜ、いま東南アジアやインドなのか。その背景にあるのが、製造業の「引っ越し」です。

ここ数年、米中のデカップリングや、チャイナプラスワン、フレンドショアリングといった言葉を、よく耳にするようになりました。中国一国に生産を集中させるリスクを避け、別の国にも拠点を分散させる動きです。2025年以降、米国の関税政策が再び強化され、一時は対中関税率が最大145%に達した局面もありました。
こうした流れのなかで、ベトナム、インドネシア、インドといった国々への製造拠点のシフトは、もはや後戻りしにくいトレンドになっています(出典:ヒューマントラスト、2026年)。単に人件費が安い国を探すのではなく、政治的・外交的に信頼できる国に拠点を置く「フレンドショアリング」という考え方が、しっかりと根を下ろしてきました。

具体的な動きも、着実に積み上がっています。S&P Globalのアナリストは、マレーシアでの半導体のテスト・パッケージ工場への投資、インドネシアでの鉱山から製造まで一貫したEVサプライチェーンの構築、ベトナムでの民生用電子機器の生産拡張などを、東南アジアがチャイナプラスワンの行き先として重みを増している例として挙げています(出典:S&P Global、2025年)。インドでも、スマートフォンの輸出シェアが拡大し、米アップルが米国向けiPhoneの生産移管を進めるなど、電子部品分野での成功事例が出てきています(出典:野村証券、2025年)。一方で、繊維や縫製のような労働集約型の産業では、ベトナムやバングラデシュが受け皿として存在感を増しています。国によって、引き受けている産業の「色」が、はっきりと違うのです。

ただ、わたしがこの連載で何度も立ち止まりたいのは、その「光」の裏側にある「影」のほうです。工場が増え、人が集まり、暮らしが豊かになる。それは素晴らしいことです。けれども、拠点が動けば、そこで使われる材料も、つくられる製品も、そして捨てられる廃棄物も、一緒に動きます。生産が増えれば、廃棄物も増える。これは、避けようのない、シンプルな現実です。成長の話だけをして、その足元で積み上がっていくゴミの話をしないのは、現場を歩いてきた者として、どうにも落ち着かないのです。第2話と第3話では、この移転の地図と、その影で進む「廃棄物の増加」という構造を、もう少していねいに見ていきたいと思います。

【Prologue図表ファイルのP3ページ
「製造拠点の東南アジア・インド移転(チャイナプラスワン)」参照】

"廃棄物大国"インドネシアの、もう一つの顔

その「影」の部分が、もっとも色濃く出ている国のひとつが、インドネシアです。わたしが何度も足を運び、いまも仲間とともに汗をかいている国でもあります。

数字から見てみます。インドネシアでは、年間およそ680万トンのプラスチックごみが発生していると報告されています(出典:National Plastic Action Partnership、2021年)。そして、このうち海に流れ出るプラスチックの量は、世界で2番目に多いとされています。学術誌「Science」の2015年の推計では、インドネシアからの海洋プラスチック流出は年間48万トンから129万トンと見積もられ、中国に次ぐ規模でした(出典:Science、2015年)。回収率は39%、リサイクル率にいたっては10%にとどまり、残りの多くは埋立や、野焼き、河川や海への流出という形で処理されてきました(出典:環境省資料、2021年)。

廃棄物そのものの量も、相当なものです。インドネシア環境林業省によりますと、国全体で1日あたりおよそ9万トンの廃棄物が排出され、首都ジャカルタだけでも1日約8,370トンにのぼります(出典:ジェトロ、インドネシア環境林業省統計)。その多くは分別されないままトラックで運ばれ、そのまま埋め立てられる「オープンダンプ方式」で処理されてきました。ジャカルタ首都圏の廃棄物を受け入れてきたインドネシア最大級のバンタルグバン最終処分場も、収容能力の限界が近づいていると指摘されており、代替地も簡単には見つからないのが実情です(出典:ジェトロ、2021年)。

ただ、ここで立ち止まりたいのは、これを単なる「遅れた国の問題」として片づけてほしくない、ということです。別の連載「リサイクルの真実」でも書きましたが、日本のリサイクル率は見かけの上では高く出ます。ただ、その中身を一つひとつ問い直していくと、燃やして熱を回収する方式が多くを占めるなど、数字ほど「素材として循環できている」わけではない、という現実があります。数字の高さと、循環の中身は、必ずしも一致しません。インドネシアのリサイクル率10%という数字も、低いことは事実ですが、裏を返せば、これから本物の循環を築いていく「伸びしろ」が、まだ手つかずで残っているということでもあります。そして、インドネシアには、その国ならではの、廃棄物と向き合う知恵が、暮らしのなかに根づいています。

たとえば、「ごみ銀行(バンク・サンパ)」という仕組みがあります。家庭から出るペットボトルや空き缶、古紙といった資源ごみを買い取り、まるで銀行の通帳のように、買取額を記帳していく取り組みです。現金はすぐには引き出せず、一定期間ためてから受け取る。資源を「貯金」する感覚が、生活のなかにあるのです。2018年の時点で、全国に7,488ものごみ銀行が存在し、20万人を超える口座が開設されていたと報告されています(出典:環境省資料)。最近では、回収したごみのポイントを、現地で広く使われている電子マネーと交換できる取り組みも現れており、デジタルと組み合わさることで、参加のハードルが下がりはじめています(出典:味の素、サステナビリティ報告)。

また、「プムルン」と呼ばれる、まちを回って資源ごみを集める人々の存在も、現地の回収を実質的に支えてきました。正規の制度の外側で、生活と一体になって動いてきた、この国らしい循環の形です。一方で、課題もはっきりしています。ペットボトルやアルミ缶のように高く売れる資源は回収が進む半面、食品包装に使われる多層ラミネート(サシェと呼ばれる小袋包装)のような、安くてかさばる素材には、いまだ有効な回収の仕組みがありません(出典:味の素、サステナビリティ報告)。「お金になるものは集まり、ならないものは残される」。この、ある意味で正直な構造を、どう乗り越えるか。そこに、技術と仕組みの出番があると、わたしは考えています。

こうした足元の知恵と、日本やヨーロッパが積み上げてきた技術や仕組みを、どう噛み合わせていくか。そこに、わたしは大きな可能性を感じています。

【Prologue図表ファイルのP4ページ
「インドネシアの廃プラスチックと資源循環の現在地」参照】

現場で見てきた、「変わり始めた瞬間」

では、その変化は、いま本当に起きているのでしょうか。わたしの実感としては、確かに、少しずつですが、歯車が回りはじめています。

インドネシア政府は、2017年に「2025年までに海洋プラスチックごみを70%削減する」という意欲的な目標を掲げ、世界経済フォーラムなどと連携した行動計画をまとめました(出典:NPAP、2021年)。さらに、2040年までにプラスチック汚染をほぼゼロにし、リサイクル率を40%へ引き上げるという長期の絵姿も描いています(出典:Circular Economy Hub、2024年)。製造業や小売業に対して、2029年までに排出する廃棄物を30%削減することを義務づける方向も打ち出されています(出典:日揮ホールディングス、2025年)。政策の言葉が、少しずつ、具体的な数字と期限を伴いはじめているのです。

民間や国際社会の動きも続いています。日本では、海洋プラスチックごみの解決をめざす企業連携組織CLOMA(クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス)が、インドネシア協力ワーキンググループを立ち上げ、現地の回収・分別・リサイクルの調査や、協力メニューづくりを進めてきました(出典:CLOMA、2026年)。わたし自身も、このインドネシア協力ワーキンググループのリーダーとして、現地と日本の橋渡しに関わらせていただいています。微力ながら、現場の声を、できるだけそのまま日本に持ち帰ることを心がけています。

そして、廃プラスチックの中でも回収・リサイクルが進めやすいPETボトルを中心に、日本の技術を活かした資源循環の取り組みが、明らかに前へ動きはじめています。経済産業省は、グローバルサウス諸国との共創をめざす「グローバルサウス未来志向型共創等事業」という、総額1,400億円規模の大型の支援枠組みを設けています(出典:イースクエア、2026年)。この枠組みのもとで、インドネシアにおける廃棄プラスチックのリサイクルが、日本の技術によって、実証段階へと一歩ずつ進みはじめています。きれいに洗浄され、再びペレットへと生まれ変わったPETボトルを手に取ったとき、これは間違いなく、変化の入口に立っているのだと感じました。日本が長年かけて磨いてきた、洗浄・選別・再ペレット化の技術は、現地の事情に合わせて調整できれば、大きな力になると確信しています。

さらに、回収そのものを賢くしていく取り組みも始まっています。わたしは海外のパートナー企業とともに、IoTやセンサーを使った「スマートなリサイクルステーション」の構想を温めてきました。どの場所に、どんなごみが、どれくらい集まるのか。そのデータを見える化できれば、回収トラックの動きにも無駄がなくなり、コストを下げられます。わたしが前職の大手ケミカルHD時代から関わってきた、工場のIoT化やデジタルツインの考え方は、じつは「ごみを集めて、選んで、再生する」という静脈の現場とも、相性がよいのです。製造業で培った技術を、資源循環の側に持ち込む。ここにも、日本ならではの貢献の余地があると感じています。

もちろん、これですべてが解決するわけではありません。納税や資金調達、現地パートナーとの信頼関係づくりなど、現実には、書類の上では見えてこない難しさが、たくさんあります。良い技術があっても、現地の制度や資金の流れが整っていなければ、事業はあっけなく止まってしまう。わたし自身、そうした壁に何度もぶつかってきました。だからこそ、本連載では「うまくいったこと」だけでなく、「うまくいかなかったこと」も含めて、できるだけ正直にお話ししていきたいと思っています。きれいな成功談よりも、つまずいた話のほうが、これから挑む方の役に立つと信じているからです。

数字の裏にある、大きな「伸びしろ」

ここで、少しだけ視点を変えてみたいと思います。回収率39%、リサイクル率10%という数字は、たしかに低く、課題の大きさを物語っています。けれども、見方を変えれば、これは「これから伸ばせる余地が、まだ9割近くも残っている」ということでもあります。すでに整った先進国の市場では、こうした伸びしろは、なかなか見つかりません。製造業のフロンティアという言葉を、わたしはこういう意味でも使っています。

そして、「仕組みを整えれば、数字は本当に動く」という実例も、すでにアジアにあります。たとえば、バングラデシュの首都ダッカでは、国際協力機構(JICA)の協力によって、ごみの収集率が44%から80%へと改善したと報告されています(出典:環境省、JICA提供資料)。
出発点の数字だけを見て「この国では無理だ」と決めつけるのは、早すぎるのです。回収のルートを設計し、関わる人にきちんと役割と対価を用意し、地域の信頼を積み上げていく。地道ですが、こうした積み重ねが、確かに数字を変えていきます。本連載の第5話と第6話では、この「どうやって仕組みを回すのか」という、いちばん泥くさい部分に、じっくり踏み込んでいきたいと思っています。

なぜ、わたしがこの連載を書くのか

少しだけ、自分の話をさせてください。

わたしがこのテーマにこだわるのは、机の上の理屈ではなく、現場で実際に経験してきたことを、お伝えできると思うからです。これまで、ジャカルタで開かれた資源循環に関するプロジェクトの場に登壇させていただいたり、バリ島で技術者派遣の専門家として活動させていただいたり、海外のパートナー企業と、スマートなリサイクルステーションの構想を一緒に練ったりしてきました。中東、インド、欧州、米国の現場も歩いてきました。それぞれの土地で、ごみ集積場の独特のにおいを嗅ぎ、回収を担う人たちの手のひらのまめを見てきました。

立派な肩書きがあるわけでも、正解を持っているわけでもありません。むしろ、失敗の数のほうが、ずっと多いと思います。
それでも、現地の人と同じ食卓を囲み、同じ汗をかいてきたからこそ見えてきた景色を、できるだけ等身大の言葉でお届けしたい。それが、この連載を書こうと思った、いちばんの理由です。資源循環というテーマは、ともすると環境の専門家だけの難しい話になりがちです。でも、本当は、その国に住む人たちの暮らしや、誇りや、商売の知恵と、地続きのところにある。そのことを、現場の手触りとともにお伝えできたらと思っています。

この連載で、お伝えしたいこと

最後に、これから全12回でご一緒する、おおまかな道筋をご紹介します。

第1話では、チャイナプラスワンの現在地を整理します。なぜ今、ASEANやインドなのか。きれいごとではない、拠点移転の本音のところを見ていきます。
第2話では、ベトナム、インドネシア、インド、バングラデシュという主要な移転先を、それぞれの強みと弱み、労働力やインフラ、規制の現場感とともに地図のように描きます。
第3話では、成長の影で起きている「廃棄物の輸入」という、先進国が見ないふりをしてきた構造を、正直に棚卸しします。

第4話では、本日少しだけ触れたインドネシアの資源循環政策を、もう一段深く掘り下げます。
第5話と第6話では、資源循環ビジネスの「つくり方」を、前編・後編に分けてお話しします。技術よりも先に、誰が動けば循環が起きるのか。そして、補助金頼みで終わらせないための、付加価値の設計とは何か。ここは、わたしがもっとも語りたいところです。これは、別の連載でお伝えした「リサイクルは義務から産業へ」「調達先は選ぶから育てるへ」という考え方の、現地での実践編にあたります。きれいごとではなく、お金と人が回る仕組みとして、どう設計するか。そこに踏み込みます。

第7話では、日本が積み上げてきた「静脈産業」、つまり分別・回収・処理の技術が、そのまま持ち込むのではなく、現地に合わせることで、輸出できる知財になりうることをお伝えします。
第8話では、MOUやNDA、合弁といった、国際連携の実務の段取りを、成功と失敗の両面から。
第9話では、補助金や国際機関、現地金融といった、事業を回すお金の組み立て方を、現実的な手順で整理します。
そして第10話では、2030年のアジアの循環地図、つまり「作る」と「循環させる」が一つになる産業の姿を、ご一緒に描いてみたいと思います。

最後のEpilogueでは、「ゴミの行方に、その国の未来が見える」というテーマで、読者のみなさまへのメッセージを綴ります。廃棄物の扱い方ほど、その国の「ものへの向き合い方」が表れるものはない。わたしが現場で何度も感じてきた、この一点に、最後は立ち返りたいと思っています。

【Prologue図表ファイルのP5ページ
「本連載 全12回のロードマップ」参照】

次回予告

次回・第1話では、いよいよ「チャイナプラスワンの現在地」に踏み込みます。
地政学とコストという二つの力が、製造業の地図をどう塗り替えているのか。
そして、その移転の波が、なぜ資源循環という次の産業を呼び込むことになるのか。ホルムズ海峡で揺れる2026年の世界を出発点に、アジアの逆転劇の幕を、いよいよ開けてまいります。長い連載になりますが、肩の力を抜いて、現場を一緒に歩くような気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。どうぞ、楽しみにお待ちいただけたら幸いです。

なお、本連載でご紹介する各種データや出典は、各話の図表ファイルにも一覧として集約してまいります。数字の根拠を確かめたい方は、あわせてご覧いただけたらと思います。また、本連載と地続きの関連連載も、図表ファイルに整理しております。
【Prologue図表ファイルのP1ページ
「主要データ・出典一覧」参照】

【Prologue図表ファイルのP6ページ
「関連連載マップ(危機から転換、そして実地編へ)」参照】

(注釈)

本稿でご紹介したホルムズ海峡情勢、エネルギー価格、各国の規制動向、補助金制度などは、いずれも執筆時点(2026年)で確認できた公開情報に基づくものです。情勢や制度は短期間で変わる可能性がありますので、実際の事業判断、投資判断、契約や法令適用にあたっては、最新の一次情報をご確認のうえ、各分野の専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。本稿は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の投資・財務・法務上の助言を意図したものではありません。

■著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/

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