〜連載を終えるにあたって。「永遠の化学物質」と、これからも向き合う私たち〜
◆はじめに
こんにちは。株式会社DCTA代表取締役の畠山達彦です。「PFAS、規制が現実になる年」と題して続けてきたこの連載も、いよいよ最終回となりました。序章から数えて十一回、長い道のりにお付き合いいただき、本当にありがとうございます。専門的で、ときに重い話も多かったと思います。それでも、ここまでたどり着いてくださった一人ひとりに、まず心からの感謝をお伝えしたいと思います。
今は、2026年の6月です。連載の最初にお伝えしたEUの包装規制が現実に動き出すまで、もう二か月を切りました。8月12日。その日から、基準を超えるPFASを含む食品用の包装は、たとえそれ以前に作られたものであっても、EUの市場に出すことができなくなります。猶予期間はありません。欧州委員会の最終的な手引きも、つい先ごろ出そろいました。規制は、もはや「いつか来るかもしれない未来」ではなく、「目の前にある現実」になったのです。
まさに、連載のタイトルどおり、2026年は「規制が現実になる年」になりました。だからこそ、この最終回では、足早にニュースを追うのではなく、いったん立ち止まって、これまでの旅を静かに振り返りたいと思います。そして、連載の締めくくりとして、ひとつの言葉に思いを結びます。「便利さの後始末を、ものづくりの誇りに変える」。少し長くなりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
十一回にわたって、規制の話、技術の話、データの話と、ずいぶん硬い話を続けてきました。最終回くらいは、少し肩の力を抜いて、数字や条文の奥にある、もっと大切なもの、つまり「私たちは、なぜPFASと向き合うのか」という、その根っこの思いを、ご一緒に味わえたらと思います。実務の役に立つ話は、これまでの十話に詰め込みました。だから今回は、心に残る話を。そんなつもりで書いています。
ここまでの旅を、ふり返る
この連載は、序章「『永遠の化学物質』が、ある日突然使えなくなる」から始まりました。便利に使っていた素材が、ある日、規制によって使えなくなる。その衝撃を入り口に、私たちは長い旅に出ました。
あの序章を書いたとき、私の念頭にあったのは、規制のニュースを「対岸の火事」として眺めている、多くの現場の姿でした。「うちには関係ない」「大手の話だろう」。そんな声を、これまで数えきれないほど聞いてきました。けれど、PFASは、思いのほか身近に、思いのほか広く潜んでいます。気づいたときには、自社の主力製品が市場に出せない、取引先から取引を見直される。そんな事態は、決して大げさな想像ではありません。だからこそ、まず「自分ごと」として向き合っていただきたい。その願いを込めて、私たちは序章の扉を開けたのでした。
PFASとは何者で、なぜ「一族」と呼ばれるのか(第1話)。なぜ今、世界が一斉に動いているのか(第2話)。EUの本気と、米国の入り組んだ規制、そして日本の静かな現在地(第3話・第4話・第5話)。PFASはいったいどこに潜んでいるのか(第6話)。それを替えられるのか(第7話)、除けるのか(第8話)。自社をどう診断すればよいのか(第9話)。そして、規制を重荷ではなく競争力に変える「設計力」とは何か(第10話)。ずいぶん遠くまで歩いてきたものだと、われながら思います。
けれど、これだけたくさんの話も、大きく束ねてみれば、たった四つの動詞に集約されます。測る。探す。替える。除く。実は、この四つは、序章で「私たちにできる打ち手」として、いちばん最初にお示ししたものでした。連載全体は、この四つの動詞を、一つずつ丁寧にひもといていく旅だったのです。そして第10話では、その四つを束ねる力として「設計力」をお伝えしました。測り、探し、替え、除く。その全体を、上流の設計から見通す。それが、私たちのたどり着いた一つの答えでした。
旅の途中で、いくつかの大切な見取り図も手にしました。たとえば、世界の規制の描き方の違いです。EUは、一族をまとめて規制する「一本の太い線」で。米国は、物質ごと、州ごとの「無数の細い線」で。そして日本は、「測ること」を静かな入口として、着実に。同じPFASという課題に、地域ごとにまるで違う筆づかいで向き合っていることを、私たちは見てきました。また、PFASが「一族」として群で規制される理由、よかれと思った代替がかえって問題を広げる「残念な置き換え」の落とし穴、命や社会の基盤に直結する「不可欠用途」という、替える・替えないを分けるものさし。どれも、これからPFASと向き合ううえで、きっと羅針盤になってくれるはずです。
そして、旅の全体を通じて、繰り返し顔を出した一本の糸がありました。それは「データ基盤」です。測った結果も、探した地図も、替えた記録も、除いた証跡も、ばらばらにせず、一つの土台にまとめておく。一度きちんと集めたものを、何度でも使い回せる形に整えておく。地味ですが、この土台こそが、すべての打ち手を支え、変化に強い会社をつくる背骨でした。四つの動詞も、設計力も、突き詰めれば、この土台の上に立っていたのです。
こうして並べてみると、一見ばらばらに見えた十話が、実は一本の線でつながっていたことに、あらためて気づかされます。知ることから始まり、測り、探し、替え、除き、診断し、設計する。そして、その全体を、データと誇りで束ねる。連載を書きながら、私自身も、自分の中でこの線が一本につながっていく感覚を、何度も味わいました。読者の皆さんの中にも、もし同じように、点と点が線になる瞬間があったなら、これほどうれしいことはありません。
「便利さ」と「後始末」という、ものづくりの宿命
ここで、もう少し深いところへ降りてみたいと思います。そもそも、PFASの物語とは、いったい何だったのでしょうか。
私は、これを「特別な悪者をめぐる物語」だとは思っていません。むしろ、ものづくりが何度も繰り返してきた、ある普遍的な物語の、最新の一章だと感じています。それは、「便利な素材が、後になって、思わぬ後始末を残す」という物語です。第1話でお伝えしたことを、思い出してください。PFASの、水も油もはじき、熱にも薬品にも負けない、あの素晴らしい便利さは、強い炭素とフッ素の結合から生まれていました。ところが、その「壊れにくい」という強みこそが、環境に出たとき「いつまでも分解しない」という後始末に、そっくり裏返ってしまった。強みが、そのまま宿命になったのです。
この「強みが、そのまま宿命になる」という構図は、考えれば考えるほど、ものづくりの深いところを突いていると感じます。私たちは、より優れた性能を求めて、より強く、より長持ちする素材を生み出してきました。その努力は、間違いなく正しかった。けれど、自然界には、人間の都合に合わせて素材を分解してくれる仕組みなど、用意されていません。人がつくった「壊れにくさ」は、人が後始末をしないかぎり、いつまでも残り続けます。優秀であればあるほど、後始末が難しくなる。この逆説と、私たちはこれから、賢く付き合っていかなければなりません。
これは、PFASだけの話ではありません。考えてみれば、便利さには、ほとんどいつも、何かしらの後始末がついてきます。プラスチックも、化石燃料も、私たちが手にしてきた多くの便利さは、その恩恵の裏側に、廃棄や汚染という宿題を残してきました。便利さと後始末は、いわばコインの裏表です。これは、ものをつくり、使うという営みに、もとから織り込まれた宿命なのだと思います。
だとすれば、PFASとの向き合い方は、これから先、私たちが新しい素材や技術と出会うたびに繰り返される、向き合い方の「練習」でもあるのかもしれません。次に登場する画期的な素材も、きっと、まばゆい便利さとともに、何らかの後始末を連れてくるでしょう。そのとき、PFASで学んだことを思い出せれば、私たちは前回より少し賢く、少し早く、後始末まで見通して付き合えるはずです。PFASという一つの素材の物語は、便利さとどう付き合うかという、もっと大きな問いへの、貴重な教科書でもあるのです。
だとすれば、問われているのは、こういうことです。便利さだけをいただいて、後始末は未来の世代や、どこか遠くの誰かに押しつけてしまうのか。それとも、便利さを生み出した自分たちの手で、後始末まできちんと引き受けるのか。その向き合い方の違いにこそ、ものをつくる者の品格が、静かに表れるのだと、私は考えています。
少し厳しい言い方になりますが、PFASがこれほど大きな問題になった背景には、長いあいだ、後始末を「あとで誰かが何とかするだろう」と、先送りにしてきた時間があったことも、事実だと思います。それを、誰か特定の悪者のせいにするのは簡単です。けれど、便利さの恩恵を受けてきたのは、つくる側も、使う側も、私たち皆でした。だとすれば、その後始末も、誰か一人に押しつけるのではなく、皆で少しずつ引き受けていくのが、いちばん自然なかたちなのではないでしょうか。PFASの物語は、私たちに、便利さとの付き合い方そのものを、あらためて問い直しているように思えてなりません。
後始末を「誇り」に変えるということ
「後始末」という言葉には、どこか後ろ向きな、面倒な雑用のような響きがあるかもしれません。けれど、私はこの言葉を、まったく逆の意味で受け止めています。後始末とは、自分がつくり出したものに、最後まで責任を持つ、ということです。最後まで面倒を見る。それは、つくり手として、これ以上なく誠実な姿勢ではないでしょうか。
料理人が、使った調理場を美しく片づけて一日を終えるように。職人が、道具の手入れを怠らないように。後始末を大切にする姿には、その人の仕事への向き合い方そのものが、にじみ出ます。ものづくりも、まったく同じです。製品を世に送り出すところまでが仕事なのではなく、その製品が役目を終え、きちんと処理されるところまでを見届けて、はじめて仕事は完結する。そう考える会社のものづくりには、おのずと品位が宿ります。後始末は、誇りの裏返しなのです。
第10話でお伝えした「設計力」は、まさにこの後始末を、いちばん上流の設計の段階から引き受けようとする力でした。製品を世に送り出すときに、その製品が役目を終えたあとのことまで、あらかじめ考えておく。便利さと後始末を、別々のものとして切り離すのではなく、ひとつながりの設計として捉える。それは、後始末を「面倒な義務」から、「つくり手の当然の務め」へと、位置づけを変える営みでもありました。
そして、後始末を堂々と引き受けられる会社は、必ず信頼されます。第10話で見たとおり、自社の製品の中身を測れて、説明できて、必要なら替えられる。そういう会社は、取引先からも、お客様からも、社会からも選ばれていきます。便利さを生み出す力と、後始末を引き受ける覚悟。その両方をあわせ持ってはじめて、私たちは胸を張って「ものづくりをしている」と言えるのだと思います。「便利さの後始末を、ものづくりの誇りに変える」。この連載のエピローグに掲げたこの言葉は、規制を嫌々こなすのではなく、つくり手としての誠実さの証として引き受けていこう、という、私からのささやかな願いなのです。
思えば、日本のものづくりは、もともと、こうした「後始末の美学」を大切にしてきたのではないでしょうか。使ったものを丁寧に手入れし、長く使い、最後まで無駄にしない。もったいない、という言葉に込められた、ものを大切にする心。後始末を引き受けるという発想は、決して新しい外来の規制概念ではなく、私たちの中にもともとあった精神に、もう一度光を当てることなのかもしれません。世界の規制という外からの力を、自分たちの中にある誇りと結びつけたとき、対応はきっと、義務から、自発的な営みへと変わっていきます。
規制が現実になる年に、立って
冒頭でも触れたように、今まさに、規制が現実になろうとしています。EUの包装規制は、8月12日から本格的に動き出します。製造した日がいつであろうと、基準を超えるものは市場に出せない。在庫の猶予もない。これほどはっきりとした「現実」を前にして、不安を感じる方も、きっと多いでしょう。
けれど、思い出してみてください。連載の序章で「ある日突然使えなくなる」と書いたその日は、もう「ある日」ではなく、はっきりと日付の決まった「8月12日」になりました。漠然とした不安が、具体的な期日に変わったということは、実は、対策が立てやすくなったということでもあります。相手の姿が見えない不安ほど、人を立ちすくませるものはありません。逆に、いつまでに、何をすればよいかが分かれば、人は動けます。規制が現実になったということは、私たちが、はっきりとした的に向かって、落ち着いて準備できるようになった、ということなのです。
けれど、どうか、過度に恐れないでください。そして同時に、無視もしないでください。この連載を通じて、ご一緒に確かめてきたように、打ち手は、確かにあるのです。まず自社のどこに何があるかを測り、用途の地図で探し、替えられるものは賢く替え、替えられないものは管理して除き、そして設計の力で先手を打つ。完璧を一度に目指す必要はありません。優先順位をつけて、できるところから、一歩ずつ。その地道な歩みの先に、道は必ず開けます。
不安というものは、たいてい、「何をすればいいのか分からない」ところから生まれます。逆に言えば、やるべきことの順番が見えてさえいれば、不安はずいぶん小さくなります。この連載が、その「やるべきことの地図」として、少しでもお役に立てたなら、十一回を費やした甲斐があったというものです。規制は手ごわい相手ですが、得体の知れないお化けではありません。正体が分かり、向き合い方が分かれば、必ず付き合っていけます。
第3話でお伝えした「猶予を、準備期間に変える」という言葉を、もう一度ここで思い出していただきたいと思います。規制という締め切りは、慌てて飛び越えるための壁ではなく、腰を据えて準備するための時間でもあります。すでに動き出した規制も、これから来る規制も、その本質は変わりません。早く、落ち着いて取り組んだ会社が、結局はいちばん強い。規制が現実になったこの年は、嘆く年ではなく、静かに底力を蓄える年にできるはずです。
付け加えれば、規制はこの8月で終わりではありません。EUでは、この先も、再生材料の使用率や設計の基準といった要求が、段階的に積み重なっていきます。米国の物質ごと・州ごとの規制も、日本の測定を入口とした着実な歩みも、これからも続いていきます。つまり、PFASへの対応は、一度きりの試験ではなく、これからずっと続く「お付き合い」なのです。だとすれば、なおさら、慌てて一夜漬けで乗り切ろうとするより、しっかりとした土台をつくって、長く付き合える体制を整えるほうが、賢明です。今日の備えは、来年も、再来年も、効いてきます。
素材を作ってきた者として、伝えたいこと
最後に、少しだけ、個人的な思いを書かせてください。長く素材と向き合い、それを作る側に身を置いてきた者として、どうしてもお伝えしておきたいことがあります。
私たちは、フッ素という素材に、本当に多くを助けられてきました。焦げつかない調理器具も、雨をはじく上着も、命を支える医療機器も、最先端の半導体も、この素材の便利さがあってこそ実現してきたものです。その恩恵を、私は少しも否定するつもりはありません。素材は、罪人ではありません。素材は、ただ、人の役に立とうとして、その性質を精一杯に発揮してきただけなのです。
素材を恨むのは、筋違いだと私は思います。問われているのは、素材そのものではなく、それを生み出し、使い、そして後始末をする、私たち人間の側の知恵と覚悟のほうです。優れた素材を生み出した先人の努力に敬意を払いながら、その後始末の知恵も、同じだけの情熱で磨いていく。便利さを生む技術と、後始末を引き受ける技術は、車の両輪です。どちらか一方だけでは、ものづくりは前に進みません。これまでは前輪ばかりに力を注いできたのなら、これからは後輪も、しっかり鍛えていく。その両輪がそろったとき、ものづくりは、もう一段、成熟するのだと思います。
だからこそ、と思うのです。これだけ助けてもらった以上、その後始末もまた、素材をつくり、使ってきた私たちの側が、責任を持って引き受けるのが筋ではないか、と。素材を悪者に仕立てて、なかったことにして終わらせるのではなく、その恵みに感謝しながら、より安全で、より後始末のしやすい次の素材へと、知恵をつないでいく。そして、よりよい後始末の作法を、次の世代に手渡していく。それこそが、素材に育てられてきた私たちの、せめてもの恩返しだと感じています。ものづくりは、便利さを生み出し、その後始末まで引き受けて、はじめて一周ぐるりと回りきります。その一周を、誇りを持って回しきること。それが、これからのつくり手に託された、静かで、しかし確かな仕事なのだと思います。
私自身、長く現場を歩いてきて、つくづく感じることがあります。本当に優れたものづくりとは、新しいものを生み出す華やかな力だけでなく、生み出したものの最後まで見届ける、地味で粘り強い力の、両方を備えているものだ、と。世界各地の工場を回る中で、後始末を後回しにしてきた現場が、あるとき大きくつまずく場面も、逆に、地道に後始末の作法を磨いてきた現場が、静かに信頼を積み上げていく姿も、数多く見てきました。便利さを追う情熱と、後始末を引き受ける誠実さ。この二つは、対立するものではなく、優れたつくり手の中で、ひとつに溶け合っているのだと思います。そして、その溶け合いこそが、これからの時代に選ばれるものづくりの、静かな条件になっていくのだと、私は感じています。便利さだけでも、誠実さだけでもない。その両方を、しなやかに併せ持つこと。それが、これからのつくり手の、新しい誇りのかたちです。
環境の人にも、技術の人にも
この連載を書きながら、私はずっと、二種類の読者の顔を思い浮かべていました。一人は、環境や規制の最前線で、PFAS問題に正面から取り組んでいる方。もう一人は、ソフトウェアやデータ、営業の現場で、製造業を支えている方です。一見、遠く離れた立場のように見えますが、PFASという課題は、実はこの二つを、分かちがたく結びつけています。
なぜなら、これまで見てきたとおり、PFAS対応の鍵は、突き詰めれば「データ」だからです。何を、どこで、どれだけ使っているかを測り、記録し、サプライチェーンをさかのぼり、規制の変化に合わせて更新していく。この営みは、環境の知識だけでも、技術の力だけでも、完結しません。現場を知る人と、データを扱う人とが、手を組んではじめて、回り始めます。IoTやAI、デジタルツインといった技術は、環境という重い課題を、人が背負いきれる重さにまで軽くしてくれる、心強い道具です。
だから私は、この連載が、ふだんはあまり交わらない二つの世界を、少しでも近づけるきっかけになればと願っています。環境の課題に、技術の翼を。技術の力に、環境という意味を。その出会いの先にこそ、便利さの後始末を誇りに変えていく、新しいものづくりの姿があるのだと、私は信じています。
私自身、素材をつくる現場で育ちながら、いつしかデータやデジタルの世界にも足を踏み入れてきました。最初は、まったく別の言語を話す二つの世界に、戸惑うことばかりでした。けれど、両方に身を置いてみて分かったのは、両者は決して敵対するものではなく、互いの弱みを補い合う、最高の相棒だということです。現場の勘を、データが裏づける。データの示す方向を、現場の知恵が現実に落とし込む。その往復の中から、一人では決してたどり着けなかった答えが、生まれてきます。PFASという難題は、まさにその協働を、私たちに求めているのだと思います。
ですから、もしあなたが環境の専門家なら、ぜひ技術やデータに強い仲間に声をかけてみてください。もしあなたが技術やデータの担い手なら、ぜひ環境や現場の最前線にいる人の話に、耳を傾けてみてください。立場の違う相手と組むことを、面倒がらないでほしいのです。PFASのような大きな課題は、一つの専門だけでは、どうしても解けません。違う景色を見ている者どうしが手を取り合ったとき、はじめて全体像が見えてくる。その協働の輪が、社内に、業界に、そして国境を越えて広がっていくことを、私は心から願っています。
結びに ご一緒に、その一歩を
長い連載も、いよいよここで筆を置きます。ここまでお読みくださった皆さんの中に、もし「明日、自社の足元を測ってみようか」という、小さな一歩への気持ちが芽生えていたら、書き手としてこれにまさる喜びはありません。難しく構える必要はありません。すべては、自社を知るという、その一歩から始まります。
壮大な計画も、立派な設備も、最初から要りません。要るのは、「まず、知ろう」という、ささやかな決意だけです。一枚の用途地図を広げてみる。一つの製品の中身を、サプライヤーに尋ねてみる。たったそれだけでも、昨日まで漠然としていた不安が、具体的な「やるべきこと」へと姿を変えていきます。その小さな手応えが、次の一歩を呼び、やがて、いつの間にか自社が変わっている。私が現場で何度も目にしてきたのは、いつもそういう、地味だけれど確かな変化の積み重ねでした。
もし、その道のりのどこかで、お役に立てそうな場面があれば、いつでも気軽に声をかけてください。とはいえ、いちばん大切なのは、ほかの誰でもない、皆さん自身の手で、その誇りを育てていくことです。私の役目は、その背中をそっと押すことくらいで十分だと思っています。
この連載を通じて、私は一度も、「PFASは怖い、だから急いで対策を買いなさい」とは申し上げてこなかったつもりです。お伝えしたかったのは、もっと静かなことです。正しく知れば、過度に恐れる必要はないこと。打ち手は地道だが、確かにあること。そして、その地道な歩みの先に、義務を超えた誇りが待っていること。脅して動かすのではなく、知って、納得して、自らの意思で一歩を踏み出していただく。それが、長く現場と向き合ってきた者として、私がいちばん大切にしたかった姿勢でした。
「便利さの後始末を、ものづくりの誇りに変える」。この言葉を、連載の最後の贈り物として、皆さんにお渡しします。規制が現実になったこの年を、嘆きの年ではなく、ものづくりの誇りを取り戻す年に。その歩みを、現場の片隅から、私も心より応援しています。長い間、本当にありがとうございました。またどこかの現場で、お目にかかれる日を楽しみにしています。
最後に、もう一度だけ。PFASは、たしかに手ごわい相手です。けれど、これは「終わってしまった失敗」の物語ではありません。むしろ、「これから、私たちがどう向き合うかを試されている」物語です。便利さを生んだ知恵があるのなら、その後始末を引き受ける知恵も、きっと私たちは持っています。一足飛びには進みません。けれど、測ることから始めて、一歩ずつ、自社の足元を固めていけば、その先には、規制に振り回されるのではなく、規制を乗りこなす、たくましいものづくりの姿があるはずです。失敗から学び、次に活かす。それこそが、人とものづくりが、ずっと続けてきた営みなのですから。私は、その人間の知恵と粘り強さを、現場で何度も見てきました。だから、楽観はしませんが、悲観もしていません。私たちは、きっと、この宿題にも、誠実に答えを出していけると信じています。
この十一回が、皆さんの現場で、何か一つでも小さな行動につながり、やがて大きな誇りへと育っていくこと。それが、書き手としての、私の何よりの願いです。それでは、これにて「PFAS、規制が現実になる年」の連載を、締めくくらせていただきます。ここまでの長い道のりを、ともに歩いてくださって、本当にありがとうございました。皆さんのものづくりに、誇りと、確かな未来がありますように。これにて、筆を置きます。長らくのご愛読、心より感謝申し上げました。また、現場でお会いしましょう。
◆引用文献・参考資料
1. 欧州委員会/CIRS「EU PPWR Countdown: PFAS Restrictions Take Effect in August」(2026年8月12日施行・猶予なし)(参照:https://www.cirs-group.com/en/chemicals/eu-packaging-regulation-ppwr-countdown-pfas-restrictions-take-effect-in-august)
2. Resource Media「EU publishes final PPWR guidance on packaging compliance」(最終ガイダンス・移行期間なし)(参照:https://resourcemedia.eco/newsfeed/eu-publishes-final-ppwr-guidance-on-packaging-compliance)
3. Measurlabs「PFAS Regulations & Compliance Testing in the EU」(全フッ素→個別の段階的試験・閾値)(参照:https://measurlabs.com/blog/pfas-testing-in-the-eu/)
4. 本連載 序章〜第10話(株式会社DCTA) 測る・探す・替える・除く、そして設計力(参照:https://www.dctainc.com/)
(注)本稿の規制の期日・基準は2026年6月時点で確認できた一次情報をもとにしています。最新の状況は、必ず各規制当局の公表資料および専門家の確認をお願いいたします。
◆著者プロフィール
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/
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